06. リゾットの住むアパルトの前で降ろしてもらって、荷物を抱えて階段を上ってドアを開ける。雨の日の湿気が部屋の中にも充満してて、ちょっと蒸し暑かった。 「ただいまー」 声を掛けても誰もいないようで、電気もついていなかった。リゾットの部屋をノックしてもいないようで答えも返って来ず、なんだか気がぬけた気がした。 食材を冷蔵庫につめて、着替えをして、先にシャワーを借りた。明日は休みだし荷物を取りに行こう、とか、転居届とか、生活費の話し合いとか、しなければならないことはたくさんある。シャワーから出て、炭酸水をかったな、とキッチンに向かうとリビングのソファに誰か座ってた。 「っ!どちらさまっ!?」 「ごめん、驚かせる気はなかったんだけど、タイミング失って」 「イチ、今日も飲むか?」 「なんで!?ってホルマジオも!」 よぉ、とその男性の後ろから出てきた。黒髪をいくつかに分けた男性は、昨日の召集はやっぱりそうか、と頷いていた。 「今日、リゾット居ないみたいだけど」 「あぁわかってる。リゾットは日付が変わる頃にゃあ帰るだろ」 ホルマジオが言うと今度は黒髪の人が「だから来たんだ」と言った。「だからってどういう事?」 「リゾットも過保護でしょーがねぇよ」 「昨日は来なかったけど、オレはイルーゾォ」 すっと手を出された「よろしく」。 「…よろしく」 話がまだ掴めない。ホルマジオはソファに戻って腹が減ったとか言ってるし、イルーゾォは「キミがイチか」と観察してるし。察してほしいわ。 その時ソファの方からゴトンッと何かが落ちる大きな音がした。 「何?」 「あぁ」 別段驚いた様子もなく、ホルマジオがワインの瓶を拾い上げて、「これだ」と私に見せた。 「って美人さん!?」 緑のワインの瓶の中に、窮屈だと言わんばかりに暴れる美人さんが収まってた。 「え、なんでそんな所に入ったの!」 ホルマジオから瓶を取り上げて美人さんを見ると、まだ子猫だからか多少の自由はあるけども、可哀想にパニックになってるようでギャアギャアと泣き叫んでる。 「だ、出してあげるからね!」 でもどうすればいいのかしら、割ったら衝撃はあるだろうし、引っ張って出せそうもないし! ホルマジオはニヤニヤと笑いながら、遊んでたらよぉ、と言ってタバコに火をつけて煙をくゆらせはじめた。「どう遊んだらこうなるのよ…」 「しょーがねぇな、出すから貸せ」 その代わり飯作れ、そう言って私をキッチンに追いやった。どうするのかしら、検討もつかない。みたいけどイルーゾォが視界を遮って見えない。朝のものがまだ残ってたから温めたり、買ってきたハムを切ったりしているうちにほどなくして、ニャアア!と美人さんの大声が響いた。 「出せたの!?」 「まぁな」 「どうやって!?」 「企業秘密だ」 私のとこまで美人さんの首を掴んで連れてきた。美人さんは相当怖かったようで涙目のようになって小刻みに震えてる。料理してた手を洗い流して差し伸べると、ホルマジオはそれをひょいと交わして美人さんをまた連れて行ってしまった。 「飯作ってくれ」 「…」 感動の再開だったのに!!ちょっとどころかかなりの恨めしい目を向けたらイルーゾォが「ホルマジオのクセなんだ」と笑っていた。 温めたりしていたものが一旦落ち着いて皿に移したりしてキッチンからでた。そしてイルーゾォ達のいるソファに向かって出来たから、と言えば、退屈そうにしてたイルーゾォと、その言葉に煙を消したホルマジオが腰を上げる。私の手元にはお皿の変わりに美人さんがやっと戻ってきた。「やっぱり手作りだよなぁ」 そう言いながら食べてくれる。それは嬉しい、けど。私は気を紛らわすために、言った。 「イルーゾォで全員?」 「いや、まだあと3人」 リゾットに、プロシュート、メローネ… 「全員で9人だ」 「結構大所帯ね」 なんだか、意外だわ。一人で居るものだとばかり思ってた。 「まぁ、いずれ顔を出すと思うよ」 イルーゾォが静かに言った。 「そういや転居届はまだだろ」 「明日やろうと思ってたの」 「手続きは終わった」 「は?」 ホルマジオに言われた。圧力って言えばいいのかしら、なんだか威圧感が酷く怖い。 「煩わしいことは気にせずいいって事」 今度はイルーゾォに。 とてもではないけれど。 はいそうですかって納得できないし、したくもない。腑に落ちないって言うのかしら、口を挟もうとした時、普段働かない私の直感がきっとこれ以上何か言っても無駄だ、と教えてくれた。なんだか、とても、そう不快なほどの威圧感があった。 :::::::::: リゾットはホルマジオの言う通り日付が変わる頃に帰ってきた。雨に濡れてずぶ濡れだったから、と、私とホルマジオにイルーゾォが居たリビングを無言で通り抜けていつの間にかシャワーを浴びていた。本当に足音を消すのが上手い人だわ。 その時私たちはトランプに興じていて確かに注意力はなかったんだけど、リゾットがシャワーから上がってきたのを見つけて席を立とうとした私に「次は何か賭けようぜ」とホルマジオが言った。 「賭けるって何を?」 「金じゃなくて」 「モノ?」 「たとえばセックス」 ニヤリと言った。 何言ってんのこの人! 「どうだ」 「お断り」 「懸命だ」 立ち上がったホルマジオが1歩私に近付いて、中途半端に腰を浮かせていた私に覆い被さるようにしたから、私はまたソファに押し戻されてしまった。 「リゾットの前だけか?甘えるのは」 「どういう意味よ」 「メローネじゃねえが、オレにも多少サディストの気はあるかもな」 そして不意に服の上から胸をなぞられる。 「止めなよ」 イルーゾォが言うけど、「賭けようぜ、」と再度私をみた。 「絶対いや」 シャワーから上がったリゾットが冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを手にしたのが横目で見えた。その蓋をまわして口をつける。 自然、私の顔がリゾットの方へ向いていたのを顎を掴まれて無理やりホルマジオの方に向かされた。 「リゾットは助けてくんねぇぞ」 「痛っ…」 首がひきつり、咽がなる。ヒューと小さな息をしたのがわかった。 「どうする」 「…、ホルマジオ、怖いわ」「しょーがねぇなぁ」 私から視線を外し、玄関口へと向かいながら「女に泣かれちゃ始末がわりぃ」。 そして片手を振りながら 「今日の任務終了っと」 リゾットの横を通り抜けながら言った。 「ホルマジオ、今日は少し苛ついてたみたいだ」 フォローするかのようにイルーゾォが後を追いながら言った「リーダーお疲れ」。 そしてホルマジオがドアに手をかけた時、リゾットがやっと喋った。 「すまなかったな。今日は聞かなかったことにする。ただし、次は剃刀か鋏を選ばせてやる」 「おっかねぇなぁ」 肩を竦めるておどけるようにして2人は雨の中、消えてった。 |