ワルツを/プロシュート

「どう、似合う?」
コバルトブルーのドレスを着て試着室のドアを開けた。
「お客様、靴はこちらのタイプもありまして」
白手袋をした店員がウヤウヤしくジュエリー付きのピンヒールを持ってくる。
「それステキ!今履いてみる!」
言えばすぐに足元に用意をしてくれる。

少し離れた所でソファに腰をかけてたプロシュートを呼んだ。
「ねぇさっきの白とこっち、どっちがいい?」
「どっちも似合っている」
「えー答えになってない!」
「ウルセェ。それなら誰かに見立ててもらえ」

パーティの会場でのお仕事って事でプロシュートと私が選ばれた。会場の雰囲気に合わせた服装をしなければならない。こういう時は大抵プロシュートが出るのはチームの皆は面倒くさがりだからだ。

「とっとと決めろ」
「せっかく試着し放題なのよ、勿体ないじゃない!」
「何がもった「次は黒着るわ!すみませーん、黒のドレス貸してくださーい!」

ハイブランドのショップで大声だして周りのお客さんや店員さんに、さらにはプロシュートにまで怪訝な顔されたけど、かまいはしないわ!どんどん着替えてやる!いいの経費で落とすから!

「こちらとこちらをご用意しましたが」
「ありがと!でもこっちは私似合わないからいいわ!あと5年したら似合うけどね!」
用意された大人っぽすぎるソレは着る前に返して、肌触りのいいドレスを選ぶ。店員さんが合わせたようにまた高いヒールを持ってきてくれた。

「ねえ、これはどう?」
「どれも似合うぜ、着せ替え人形」

試着室から1歩でて、慣れないハイヒールによろけながらまわって見せた。
明らかに飽きた顔のプロシュートは私の目の前までやって来て、「底上げしすぎだ」肩を軽く押した。
「うわっ、バカ!」
バランスを崩して尻餅をつきそうになる。けれどプロシュートが腕を掴んでくれていて、なんとか倒れずにすんだ。

「もう少し低いものを」
「かしこまりました」
「えー!」
反発の声を上げてもお構い無し。
「会場で転ぶよりマシだ」と冷ややかに返される。そりゃあそうだ。だけど、ちょっとだけプロシュートが近くて嬉しかったのに。
用意された履きなれたローヒールの靴は、確かにステキだけれど特別感はあまりない。普段と大して変わらないそれに少しガッカリしながら「サイズぴったりよ」、プロシュートに眇めた目を向けた。

それから気分の上がらなくなった私は「じゃあ、これとこれでいい」と投げ遣りに選び、いつものスニーカーを履いた。

「いいのか」
「どれも似合ってるんでしょ」
「なに不貞腐れてるんだ」

不貞腐れてなんていません。
嫌味たらしい言葉は飲み込んで、再度プロシュートを睨めば平然とした顔で店員が用意した袋を受け取っていた。

一方的なデートはこれで終了。ばれないような溜め息をついて重いガラスの扉を押そうとした時に、すぐ横から長い腕が取っ手を押した。もう片方の腕は腰に回されていて、驚いて「ぅわっ」、小さく悲鳴をあげてしまった。
横を見上げればすぐ近くにプロシュートの顔がある。

「なっ、なに!?」
「エスコートだ」
「今から!?」

私の背中をごく自然に押して歩を進める。雑踏に踏み出しても上手く動かされて、気がつけば人波を静かにすり抜けていた。
疎らになった町並みのなか、背中から手を離して体を少し遠ざけたプロシュートが、口角を上げながら私の顔を覗き込んできた。

「慣れとけよ」
「何に?」
「エスコートされることに。ぎこちねぇとすぐバレるぞ」

そう言って今度は左手を差し出した。

あぁズルい。
その手を取らなければ、仕事だと叱責されるかもしれない。けれど取ったら赤くなった私の顔を正面から見据えて楽しむのだろうな。
恥ずかしいのか悔しいのか、はたまた嬉しいのかわからない感情が交ざってしまい、私はプロシュートの顔も見ずに手を取った。

「‥ダンスとかはできないからね!」
「ワルツくらい踊れた方がいいぞ」
「無理無理っ」
「教えてやるよ」

悠々と足を動かし始めたプロシュートに動かされた私は、口を真一文字に結んで足下をみた。
磨かれた革靴に、よれたスニーカー。
あぁ、プロシュートの手から下げられた箱の中に収まるピカピカの靴を今すぐにでも履きたい。

そうしたら、ワルツでも踊れるようになるかしら。






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