メルト番外編 Yummy

「なんでオレを外したんだ」
「その様子でいけると思うか」

ドカッと玄関を乱暴に開けて入ってきたのは真っ赤な顔をしたジェラートだった。来ていきなりリゾットに詰め寄っていく。見て分かるけど、具合悪いよね。
「アイツが居ねぇと飯も食えねぇんだよ。今すぐ連れていけ」
「飯はここで食えるだろう、イチ、頼む」
「作るけど‥」
その様子で普通に食べられるのかしら。
「あー、クソッ!あったま痛ぇー‥、イチ、手ぇ抜いたらぶっ殺すぞバカ」
「は、え!?手なんて抜かないけどマトモに食べられるの?」
「うるっせぇ、早く作りやがれバッカイチッ」
「腹減って気が立っているんだ」
早くキッチンにいけ、とリゾットに手を払われてしまった。心なしかいつもの暴言が雑に思うわ。あれ、そう思うと普段のジェラートの口の悪さって愛嬌があったのかな、上手く言ってたものね。
変な所で納得をして、もう一度ジェラートをみた。リゾットに掴みかかったその手はあまり力がないようで、私が椅子をならして立ち上がったと同時に、そのまま崩れ落ちていった。

「ど、どどうしたの!」
「熱が高いな」
「え、何?病気?」
「たまに熱を出す、とソルベから聞いたことがある。理由は知らんが、2日ほどで引かなかったら医者にみせる」
「すぐ見せたほうが‥」
いいんじゃないの、と言い掛けた。けれどリゾットは焦る様子もなく、ジェラートを適当に起こしてから「マトモな医者ではないので見せる時は最終手段だ」。そういった。
え、2日もこんな状態でいるの?大丈夫なの?っていうか、マトモな医者じゃないって、どんな医者かかってんのよ!
ぐったりしたジェラートをリゾットが引き摺るようにソファに寝かせた。それも雑すぎ!

「ソファでいいの!?」
「起こしておくわけいかんだろ」
「ベッドのほうがいいでしょ!私のところ使っていいから!」
そもそも、そういう部屋として使っていたのでしょう!けれどリゾットは眉をしかめてものすごく嫌そうな顔してる。何で嫌なのよ、具合悪い人をそのままにする方が嫌よ。大丈夫、起きたらシーツ取り替えるから!
しぶしぶ、といった表情と動作でリゾットはジェラートを西窓の部屋へと運んだ。私はタオルをきつくしぼってからその後ろを追いかけた。

「あまり近寄るな」
ジェラートの額にタオルを置いた時、おじいさんの最高に座り心地のいい椅子に座ったリゾットに言われた。
「どうして」
「オレが見ている。イチに万が一うつったら二度手間だ」
二度手間って酷いわね!
いいかけて、そうかウィルス性の場合も考慮しなければいけないのか、そう悟った。此処に出入りする人間の中で、確実に私が一番弱い。免疫力も体力もない。普段の体調が崩れたレベルなら良いけれど、違う原因である場合がないわけじゃない。
一応、考えてはいるんだな。リゾットの顔を見て、それからもう一度ジェラートを見る。フゥフゥと上がった息が辛そうだ。

「‥起きたら食べられそうなもの、作っておくから」
「ないと暴れるからな」

部屋を静かに出て、それから腕捲りをした。
ジェラートが起きたら直ぐにでも栄養が取れるように作っておこう。もういらないって言うくらい、作っておこう。口を真一文字に結びキッチンへ向かった。

::::::::::

夕方にやってきたジェラートがそのまま寝続けていたから、私はリゾットの部屋で寝ることにした。本人はリビングのソファでやってきたプロシュートと何かを話し、時折ジェラートの様子を見ているようだった。

寝ようとベッドに横になるも中々寝付けない。
慣れない布団だからなのと、ジェラートの事が気になるのと。何度も寝返りを打つうちに我慢できなくなって起き上がった。夜はまだうすら寒い。上着を羽織って行くことにした。

「眠れねぇのか」

先に気づいたのはプロシュートの方。
ソファに持たれながらこちらに視線を寄越している。
「ジェラート、平気?」
「あぁ」
リゾットが短く答えた。
その答えに納得出来ない、とでも言うべきか。
「起きられた?食べられた?」
「まだ寝ている。熱は若干下がったようだ。息苦しさはなくなっていたな」
「大丈夫かな」
「バンビーナが心配したって治りゃあしねぇよ」
プロシュートがタバコを手に取りながら言った「さっさと寝ろ、てめえまで体調崩すんじゃあねぇぞ」。

そう、なんだけど。
冷たいな、思ったけどプロシュートの言うことは正論だ。夕方リゾットに言われた事を思い出した。
口を尖らせて、「うぅ」、唸ってしまった。
何も出来ない、しない方がいい自分が正解なのに歯痒い。だから心配ばかりして、やがて通り越して不安になる。それに1人で怯えている。ジェラートなら、バッカイチと一蹴するんじゃないかな。今ならしてほしいな、頭を叩いたって構わないわよ。
唸ったまま暫く次の言葉が出なかった。
だから二人ともこちらを見ていた。何か言わなきゃと焦って、おやすみなさいって言えれば良かったのだけれど、そんな言葉は出てこなくて。

「ジェラート、‥死んじゃわない?」

絞り出した声がヨレヨレで自分でも情けなかったわよ。
でもプロシュートもリゾットも笑わないでいてくれて、二人して微かに首を縦にふってくれた。
その仕草にすごく安心した。
上着の袖に隠れた握りこぶしを弛めることができたのだから。

「じゃあ、‥おやすみなさい」
「おやすみ」

リゾットの声も穏やかで、それにもすごくほっとしたわ。

::::::::::

次の日、目が覚めたのはさほど遅い時間でもなかった筈だ。腕時計を探したけれど、そうかここはリゾットの部屋だった、と普段とは違うことに頭が冴えてゆくのがわかった。
着替えようかな、でも着替えのある西窓の部屋はジェラートが寝ているから、とりあえずこのまま行くか。
顔を洗っていると、リビングからの声に気がついた。
リゾットでもプロシュートでもない声。

「おうイチ、おはようさん」
「ジェラート!」
「おまえ、化粧くらいしてこいよズボラだな、もてねぇぞ」
「うるっさいわね!って、もう大丈夫なの?」

暴言もなんだか嬉しく感じてしまうわ!まるで何事もなかったように普段通りのジェラートがダイニングテーブルに陣取っていて、夕べ作った料理が出されていた。急にたくさん食べたら胃がびっくりするんじゃない!?、思うけれど食欲も元に戻っているようで相変わらず料理を口に運びながら「こんなんで死ぬわけねぇだろ」、ヒヒヒと笑っていた。

途端に昨日の不安が戻ってきた。気持ちの落ち込みと情けないのと恥ずかしいので私の頭はいっぱいになってしまったわ!
「し、心配してたのよ!」
「大袈裟なんだよ」
「だって、本当に辛そうで、起きないし、食べないし、死んじゃったら、どうしようって‥」
だんだん尻すぼみになる言葉たち。今のジェラートの様子を見てるとバカらしくもなる不安に振り回されて恥ずかしいったらない。言葉に詰まった私を横目で見ながらも、ジェラートは口も手も止めなかった。
けれど暫くしてから「いいか」、一度口元を拭ってから「こういう時はアスパラガスがいい」、うんうんと1人で頷きながら言った。

「あ、すぱら?」
「アスパラガス、いいぞ。今度こういう時にはアスパラガスを用意してくれ」
「意味、わからないけど」
「熱がひきゃあ食うんだから、用意しろっつってんだよ」

何かしらこの王様。何が言いたいのかしら。
口が開きっぱなしになってしまった私の顔を見て、それからその猫目を眇めてジェラートは食事に向き直った。
私はしばらく呆けてしまった。
目の前のみるみる減っていく料理、その勢いを目の当たりにしているのと、昨日との落差についていけなかった。
横に立つ私がそんなのだから、ジェラートはちらりとこちらを見上げてから、「まぁ、このトマトのスープも旨いけどな」、小さな声でいった。

「‥なにそれ」
私もつい笑ってしまった。
その言葉に嬉しくなったから、もしまたこんなことが起こったら王様の言う通りアスパラガスを沢山用意しよう、そう思ったのよ。






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