メルト番外編 メローネ

「リーダーは明日の昼頃帰るそうだよ」

突如メローネに告げられた言葉に「あ、そうなんだ」と返して、私はカウンターのカーテンを閉めた。
気温の高い夜の事。冷たいものが飲みたいな、炭酸水を買って帰ろう、なんて暮れ行く町並みを眺めながら思っていたら、視界にいきなりメローネが現れたんだ。

「チャオ、イチ」
ヒラヒラと手を振りながら上機嫌に「晩御飯ご馳走するよ」、なんて珍しい事を言う。

「偶にはいいだろ。旨いパスタの店があるんだ」

私の目を見ながら、そのアシンメトリーな髪を揺らして「リーダーは明日の昼頃帰るそうだよ」。
今日の業務終了。カウンターにカーテンを引き、私は席を立ち上がった。少しの気落ちを忘れるように、美味しいパスタとはどんなものか、そう思いながら荷物をまとめた。

「どこへ行くの?」
「ついておいで」

普段の生活圏とは真逆の方向へ初めて進む。いつか探索しようと思っていたのよ。新しい道にわくわくしながら左右全てを見るように忙しなく頭を動かした。
なんだか楽しい雰囲気が溢れてる。店と店を繋ぐ幾つもの丸い電球が垂れ下がり、店先には丸いテーブルが並ぶ。どこからか甘い匂いも漂ってきて砂糖のお菓子を思い出し、お腹が減ったのを再確認してしまった。

「賑やかね!」
「今日だけだろ」
「なぜ?」
「何故って」

私がキョロキョロと落ち着きがなかったからか、メローネはそれ以上答えてくれなかった。
その間にも店先のふくよかな女性から寄っておいで、とか、愉快に笑うおじさんからチャオ!なんて声を掛けられて、こちらまで楽しくなってしまうわ!
もう夜になったのに子どもまで走り回って、まるでお祭りのよう。

けれどメローネは歩みを止めることはなかった。楽しい雰囲気だから、この辺りでご飯でもいいんじゃない、なんて思ったけれど、石畳の道を迷いもなく進んでいく。時折振り返りながら私を確認しているようで、小走りにその背中を追いかけた。目当ての店まで止まる気はないんだろうな、少し残念だわ。このお祭りのような雰囲気をもっと味わいたいじゃない!

「ねぇ、メローネ」
「あぁ、歩くの速かったかい?」
「それは大丈夫だけど」
「だけど?」
「えっと、その、どこまで行くのかなって」
「もうすぐつくよ」

笑みを絶さず答えるメローネに、なんとなくの疑惑を感じてしまったわ。
何か企んでいるんでしょう?、言葉がでかかったけれど止めてみた。今日はメローネに企みに乗ってあげるわ!、勝手に息巻いて足を速めた。

石畳に落ちる影を追うように賑やかな町を背にして進む。何度曲がったかもう覚えていない。一人になっても帰れるかな、振り返ってみた。先程の賑やかな一画は遠くに離れた。

「こっちはずいぶんと静かね」
「いい雰囲気だろ」

暗闇に浮かぶ建物が教会だとわかるのに少し時間がかかってしまった。その教会を見上げていたら、メローネがその角を曲がっていく後ろ姿だけが見えた。
本当にこんな方にトラットリアがあるのかな、追いかけていくと地下へ降りる階段の途中で彼は手招きしながら待っていた。

「え、ここ?」

つい声に出してしまった。
だってお店とは全く思えない入り口なんだもの。照明もないから地下へ階段は灰暗い。階段の手すりに小さく木の板が下がっているのを、目を凝らして見つける事が出来た。

足を止めてしまった私に気がついたようで
「あっあっ、怪しい店じゃあないぜ」
そういったけれど。
「本当に?」
「そんな警戒するなって」
進まない私の手を取って、引っ張るように降りはじめる。暗くて段差もままならないわ。
先導するメローネを頼りに行き着いた地下にはどうやら木の扉があるらしく、ギイィと重たい音を立ててやがてして開いた。

外観は全くわからなかったのに、中にはいると柔らかな照明でテーブルには蝋燭が灯っている。幾人かいるような話し声はするけれど、姿は見えない。案内された奥のテーブルに向かう途中に一人だけ、長い髪を1つに束ねた女性が居たのだけわかった。

「いい雰囲気だわ」
「気に入ってくれたなら嬉しいよ」
「横がすぐ教会なのね」
「そうだよ。この部屋の隣は納骨堂だ」

言わなくていいのに、何かを挑発するように口の端を歪め、こちらを見た。
きた!そう思ってしまった!
きっとこれはメローネの企みよ、私をからかっているのね!

私は一度深く呼吸をしてから口角をしっかりあげ「そうなの!?」、大きく答えた。

「嫌かい?」
「なぜ?」
「素直に言ってくれ。嫌、とか、怖い、とか」
「全然怖くないわよ!」
「本当に?」
「怖がらせたいの?」

メローネの緑の目を見ながら言えば、先にそちらが目を伏せた。

「イチと来たかったんだ」
「私と?何故?」
「イチを独占することが出来るだろ」

その時にカシャンッと後ろの席から音がした。きっとフォークかスプーンか、何かを落としてしまったんだろう。メローネは私の肩越しにそれを見たようだった。そしてすぐにまた私は見て、「どう?」と小首を傾げながら笑う。そんな姿、違和感でしかないわ。だからつい「うそ」、言葉が出てしまった。

「私とじゃなくてもいいでしょ」
「なんでイチはオレを嘘つきにするかな」
「だって本当っぽくないんだもの」
「もっと嬉しく思ってくれてもいいのに」
背凭れに体重を預けたメローネがフゥと息を吐いた。

「たとえばさ、イチはこれからこの隣の納骨堂で骸骨が動き出すとしたら」
「は?」
「夜の晩餐会を始めるとしたらどうする?」
意味有りそうな笑いに「骨がぶつかる音がして、表情のない髑髏がぼんやり浮かび上がっていく」。蕩けるような口振り。私のことなんて見ていない。

「隣の教会に納められた亡骸たちは生きていた頃は時間なんて全く惜しくなかったんだ。けれど死んじまったら時間がわからないから、だから惜しくなったんだ」
「どういうこと?」
「骸骨たちに時間は関係ない。だから決まった日に晩餐会を開いて時を数えるんだけど、晩餐会が終える時が惜しくなってしまったんだ。無限の時間が有限になるからね」
「ずっと晩餐会してたらいいじゃない」
「そんな風情のないこと言うなよ。朝は平等にやってくるんだ」

なんだか気持ちがソワソワする情景につい乗り出してしまったわ!

「こっそり覗いてみたいわね!」
「こっそり?」
「だって、そこは骸骨でなければ入れないでしょう?あ、私も骸骨になれば入れるのかな。そしたら予習ね」
「予習?」
「骨になったあとの晩餐会ってどんなマナーがあるのかなって。ドレスコードとかあるのかしら」
「そんなのないだろ」
「骸骨じゃないのに知ってるの!?」

アハハとメローネが大きく笑ったわ!
それと同じ時に料理が運ばれ、目の前に据えられた。なんて美味しそうな匂い!立ち上る湯気が食欲を刺激する。

「やっぱりイチは面白いな」
「それって誉め言葉でいってる?」
「当たり前だろ」

料理を頬張りながらも続けた話はまるでおとぎ話のようで、私の頭のなかはそちら側へと行ってしまった。
トラットリアの雰囲気も相俟って、壁一つ隔てた向こうでは骸骨たちの晩餐会が開かれているような気がしている。骸骨になっても楽しみがあるなんて素敵だわ!

「今日はありがとう、メローネ!」
「気にいってくれた?」
「また、その話したいわ」

あの薄暗い階段を登り地上に出る頃には夜は更けていて、石造りの教会が月夜に浮かび上がる様は厳かささえ感じさせた。その教会を見上げながら「ねぇメローネ」。

「骸骨たちの晩餐会は行われているかしら」
「どうだろうな」

少し笑いを含んだ声がした。
だからちょっと仕返しをしようと思ったのよ。


「このお話すっごく気に入ったわ!」
「それは光栄だ」
「でも気になることあるのわ」
歩みを止めずに、月明かりが照らし出す影を追いながら。


「どこまでが本当なの?」


言葉を出してから振り返った。
けれどそこには誰も居なかった。

「え?」

暗闇に延びる階段に人影はなく、周りを見渡しても動くものの気配は感じられない。

「メローネ!?」

声を上げても響くのみ。楽しかった時が一気に引っくり返ってしまった!

メローネ!一体どこ行ったのよ!

暫く辺りを探したけれど結局見つからなかった。
仕方なく私はもう一度店内に戻って知っているところまでの道順を聞いて自力で戻ることにした。


せっかくいい夜だったのに!
料理も雰囲気も、メローネとの会話も楽しめたのに!
今度メローネにあったらそのマスク両目塞いでやる!

足音を響かせながら夜の石畳を足早に歩いた。
ふと見上げた空には遥か高くに月と星が光っていた。






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