リゾット → イチ

イチの嘘はすぐに見破れる。
その顔は隠し事や欺く事には不得手なようだ。


ギアッチョに小突かれた頭を擦りながら、何故か自分の顔を見て力強く頷いた。意味はよくわからないが、そのやたらと自信に溢れた眼が面白くて悪いが笑ってしまった。
そうかと思えばそれぞれが帰路につく頃にしんみりとしながら「さみしいね」と言う。時間は有限だ。そんな気持ちは持っても仕方がないだろう。けれどその横顔を見ていたら、そんな気持ちも邪魔者ではないような気がしてつい頷いてしまったんだ。


「アンタとイチはさ」

窓辺に立ったイチと入れ違いにメローネがダイニングチェアにやって来た。自分のスタンドの所為なのかどうなのかわからないが、イチを前にした顔は誤魔化しを多く含むメローネが今はその仮面を脱いだようだ。

「相反しているよな」
「仲悪そうか?」
「あっあっ、そういう意味じゃあない」

手元にあった誰かのワインを流し込んだメローネが視線をあげた。以前その紫のマスクはどこで調達しているのかと聞いたら、お気に入りの仕立屋がいるのだと嘯いていた。
「見てて思うんだ。対極に位置しているようだって」
「そうだろうか」
「だから近づこうとするんじゃあないのか?」
上目で見ながら言う。窺っているようだ。
一度息を吐いて、答える。
「近づこうというのは、わかるな」
「まぁ、アンタに限らないだろうけど」
皮肉そうに笑いながら「気付いているだろ?」。
メローネの視線が向いた方、ソファにはイチとギアッチョがいた。イチはブランケットにくるまって雑誌を捲るギアッチョと何かを話している。
「オレの見立てではアンタは対極、アッチは同じ極にいる感じだ」
「ならば、アッチのが近しい」
「同じ極は反発するだろう?」
とぼけた調子だが意地の悪い顔をしていた。

ギアッチョが同じ極というのはわからないが、確かに同じ極は反発する。しかし磁極が弱いものは強い磁極によって反転することも有り得るものだ。
なんと危ういものか。

視線をその反発する二人にやると、イチとすぐに目があった。ヒヒヒと昔から変わらない顔をしていた。
「リゾットはその花の名前知ってる?」
テーブルの上、コップにささる小さな花を指さした。
「知らないな」
「今日プロシュートがくれたのよ。キレイな紙にくるんであったの」
「そうか」
「普段からかっこいいプロシュートがそんな飾らない花束なんてステキだわ!」
屈託なく笑うその顔に安堵する。
「何をやらせてもキザだな」
「似合うからいいのよ!」
ギアッチョの一言にも無駄なく言い返す。物怖じしない性格かと言えばそうは言い切れないが、口が先に立つのは変わらない。

「さっきイチにさ、暗殺者ってどんなイメージって聞いたんだ」
ソファのイチに遠慮してなのか、若干ボリュームを落としてメローネが言った。
「何も答えてくれなかったけどな」
「残念だったな」
「いや、以前のように怖いと言われなかったのはベネだ」

ついメローネの顔を見てしまった。口許に緩やかな弧を描いていた。仮面をつけたようだ。
立ち上がってイチに「チャオ!」、声をかけた。
「チャオ、メローネ!」
「オレの時は甘えてくれないの?」
「メローネにはやらないわ」
はっきりとした声色が聞こえたので、メローネは残念だ、と呟いて背中を向けた。
玄関が開いた時に流れ込んで来た冷たい風が足下を掠めた。振り返るとギアッチョも立ち上がっていた。
「おやすみなさい」
「おう」
イチと挨拶をかわす。
こちらを見たので片手をあげれば、気だるそうにあげてかえした。
「ギアッチョ」
「あ?」
「いや、‥気をつけて帰れ」
「気色わりぃこと言うなよ」
ハッと軽く笑い飛ばして、部屋を出ていった。


静かになった部屋の中、ソファからイチが立ち上がった。
「喉渇いちゃった」
冷蔵庫をあけてガス入りミネラルウォーターを取り出そうとして「あれ?」、声を上げた。
「どうした」
「これ、ジェラートが置いてったのかな」
ペットボトル蓋を回しながら呟いて、そのまま流し込んだ。白い首筋が露になる。
「その喉元」
「なに?」
「白くていいな」
「は?」
「白くて柔らかそうだ」
「吸血鬼みたいなこと言わないで」
先ほどイチが言ったことに倣って言ってみたが、噴き出しそうになったのか口許を抑えていた。そして少しの間静止したイチが、楽しそうに声をあげた。

「でも、リゾット吸血鬼っぽいかも」
「なんだそれは」
「いっつも黒っぽいの着てるし」
「血を吸いそうか?」
「イメージ的には!」
何が面白かったのだろうか。
「血を吸っても美味しくないって言いそうだけど!」
アハハッ!と大きく笑った。
またミネラルウォーターを傾けた。

時折その無防備さに呆れてしまう。
そんなときは出来心が芽生えるんだ。
試してみよう。
意地悪く、椅子を鳴らして立ち上がった。

「どうしたの?」

イチに迫り、冷蔵庫に押し付けた。

「え、何!?」

右手に握られるミネラルウォーターがこぼれないように手首を押さえながら。

「まってまって!」
「イチ」

白い首筋を隠されないように額を押さえ付けて、屈んでいく。
けれど、「あぁ!」、聞こえてきたのは嬌声ではなく。
「ごめん!」
普段よく聞くトーンの、慌てた声が耳に届く。同時に冷たいモノが肩口から背中に流れていった。
「さっき!メローネが言ってたの!」
自分の左手から完全には逃れていないが、捻って逃げようとしたのだろう。ペットボトルが傾いて左肩に炭酸水が流れでたらしい。
「試せるなって思ったら、つい!」
「奇遇だな」
「え?」
「オレも試そうと思ったんだ」
濡れようが構いはしない。
「イチの血が上手いかどうか」
「は、いや。え!?」
低く屈んで首筋に近づいた。甘噛みにしようと思ったが、きつめに噛みついてみた。耳許で「痛っ!」、小さな声が響いた。
イチの体が強張ったのがわかった。
緊張と恐怖と、驚きと。
動悸が速まっているのもわかる。 
一度口を離した。
赤さがその白い肌に残った。
ぎゅっと目を瞑るイチの顔をみた。
その顔をみたら何故かソレ以上の気か起こらなかった。イチにとって自分がどんな存在になっているのだろうか。

離れるとすぐに緊張を解いたのがわかった。
張り付く服が気になって、イチから離れて濡れた服を脱いだ。
途端にイチが慌て「え?ここで!?脱ぐの!?」。
自分が炭酸水を溢したからだろう、濡れた服を見せた。


もしかして。
イチは続きを期待したのだろうか。
自分の出来心の続きを。


けれど、打ち消すように声をあげる。
「あっ!そっか!ごめん!水溢しちゃったものね、ごめん!」
気がついたのだろう。赤い顔のまま視線を彷徨わせ、笑って取り繕ってしまった。

如何ともし難い空気が流れる。
続けるべきだったのだろうか、否か。

濡れた服を手に余していた。
それをイチが奪うように取り上げた。
動き出したのはイチのほう、顔も上げず前を横切った。
「おいてくる!」
「あぁ」
「それにもう片付けて寝よう!」
「それもそうだな」
廊下に消えた影を見送り、なるほどメローネの言う対極にいるもの同士はなかなか近づく努力が必要らしい。

ダイニングチェアに腰をかけ、ふぅと息をついたとき「わかった!」、廊下の奥の方から声が聞こえた。

「冷蔵庫の中のプリン!」
「プリン?」
「リゾット、買ってきてくれたの?」
「いや、‥あぁ、」

以前ジェラートが食べているのを欲しがっていたから、ジェラートに言って同じものを買ってきてくれと頼んでおいたんだ。今日冷蔵庫に入れていってくれたのだろう。

「覚えててくれてありがとう!」

廊下から声と一緒に姿が見えた。

その顔は隠し事には向いていない。

それでも何事もなかったように笑うから。
だから、こんなにも近くに居てほしいと思うのだろうか。




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