花屋の娘

私が学生のころから働いているこの花屋は老夫婦が営むもので、近くに路面出店されるワゴンの花屋がきはじめてから閑古鳥が鳴くばかりになった。決まった取引先はあるとはいえ、店先に飾る花もだいぶ少なくなった気がする。ぼんやりとレジスターの横で外を眺めていたら、いつものあの人が通りかかった。
金髪をぴっちりと結い上げたブルーの瞳が印象的な人。第一印象は"綺麗"それだけだった。話すこともなく、ただ前を通り過ぎるのを見てるだけ。学生の頃は憧れるように眺めていた。見られるだけで、すれ違うだけで幸せだった。

とある春先、路面のワゴンが来る前のこと、たくさんの花を入れたバケツを店先に並べようとした時に私は後ろに気がつかずに背中から路面に出たからぶつかってしまった事があった。そのときおしゃべりをした思い出がある。

「ごめんなさい!お怪我はありませんでした!?」
「大丈夫だ」
「あぁよかった。水とか跳ねませんでしたか」
「気にすんな」
「申し訳ありません」
私は勢いよく頭を下げた。その拍子、足元が見えた。小さな水はねの跡があったけれどそんなのは気にならないというように、彼は私が運んでいたバケツを指して言った「この花はなんという?」。

「これはカーネーションにブローディア」
「青いのが?」
私はもう一度「ブローディアです」。

フゥン、そう興味無さそうにその人は言って、そのまままた歩みを始めてしまった。私はブローディアを見つめながら、その気まぐれ加減に少しドキドキしながら後ろ姿を見送っていた。だからその日は少し落ち着かなくってソワソワと外を眺めていたけれど、その人が現れたのは、だいぶ先になってからだった。


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春が過ぎるころになるとワゴンが来だして、華やかで若々しい装飾を施したワゴンはいつも賑わいを見せていた。
「ねぇ店長?お客取られちゃいましたね?」
「気にしないでおいで」
「潰れちゃいますよ?」
「うちにはうちの売り方があるから」
店主のおじいさんはのんびりと言った。私にはそれがわからなかったから、ちょっとヤキモキしてポップを勝手に変えたりしたけれどあまり集客効果は得られなかった。けれど店は閉じられる事もなく淡々と続いていった。
「ねぇ店長?お客さん来ないですね」
「大丈夫」
「バイト首切る時は早めに言ってくださいね?」
「切らないよ」
ニコニコと穏やかにおじいさんはしゃべって、奥ではおばあさんもニコニコとしていた。なんでこんなに動じないのかしら。わからないけれど、やっぱりそれからも店が閉じられる事はなかった。そんな春の終わりの日、カツカツと革靴を鳴らして金髪の彼が店に入ってきた!

「よぅ、じいさん」
「あぁプロシュートさんいらっしゃい」
「花を頼む。2ブロック先に新しいトラットリアがオープンしたろう?そこにいつものように赤と白の2色で1カ月間届けてやってくれ」

プロシュートさんって言うのね!店長知り合いなんだ、トラットリアへの花を1カ月なんて随分豪勢ね、知り合いの店なのかしら!
プロシュートさんがその注文だけをしてさっさと店をでてすぐに

「ねぇねぇ店長!さっきの人、プロシュートさんていうの?」
「プロシュートさんを知ってるのかい?」
「知らないけど、知りたいわ!」
「彼氏がいるだろうに」
ふふふと店長は笑って言った。確かにいるけど
「だって、かっこいいんだもの」
ちょっと顔を赤くしながら店長に言ったら
「あまり関わり合いになるでないよ」
穏やかに言われた。

「なぜ?」
「彼は、ギャングだからね」
「かんけ…、え、?」

ギャング!?
ギャングなの!?私は後ろを振り返って姿を確認しようとしたけれどやっぱりもう居なくって、また店長の顔をみた。店長はいつもと変わらずにニコニコとしながら私に言った「だからあまり関わり合いになるでないよ」。



あぁ、そうか。その時私は理解した。わかった。この店がのんびりと構えているのはこういう注文が入るのもあるけれど、きっとギャングにお金を払って護ってもらっているんじゃないかしら。老夫婦が生きていく手段なのだろう。もしかしたら、ここらへんの店はみんなそうなのかも知れない。そうだとしても私にはそれが悪いとは言い切れない。


「ねぇ店長?」
「なんだい?」
「ギャングって、悪いのかしら」
「どうだろうねぇ」


のんびりと、穏やかに言った。

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それから随分と時が流れて、夏が過ぎるころまで何事もなかった。何もなかったというのはプロシュートさんを見かけてもいつものように窓の外を通るだけで入って来ることも、ましてや話しかけてくることも何もなかった。私は頼まれた籠や届け先への配達の準備などをこなし、時折ピアノの発表会に差し入れる花束なんかをこさえたりした。

それから学校を卒業して、私はすぐに結婚をした。もちろんプロシュートさんとではなく、ずっと付き合っていた人で、卒業式の日にはお腹に子供がいたから結婚を決めて、働けるうちは、と花屋のバイトを続けていた。



それから2年たって、奥でおばあさんが面倒を見てくれるからと、またバイトを始めた。春の暖かい日の事だった。


「よぅじいさん、花を頼むよ」


プロシュートさんがふらりとやってきた。

「あぁプロシュートさん、また赤と白の籠でいいかい?」
「この右3軒先にブティックが出来たろう?小さめでいいから籠で作ってくれ」
「わかりました」

いつものようにぴっちりと金髪を結い上げスーツを着崩したプロシュートさんと店長が、いつかみたく会話をして、そしてレジスターの横に居た私の方を見た!

「久しぶりだな」
「は、はい!」
「どうした、随分長い間 姿が見えなかったが」


気にかけてくれていたんだ。なんだか温かくなったような、フワフワと体が軽くなったような気がした。


「あ、の、私」
そのとき後ろから小さな手が私のエプロンを握った。
「…娘か?」
「ええ」
「そうか、産休だったか」
そんな大そうなものじゃあないけれど、私は頷いたみた。そしたらプロシュートさんはフッと笑って娘を抱き上げて、腕の上であやすように「母親似だな」と揺さぶって言う。


「プロシュートさん?」
「花屋にじいさんとばあさんだけじゃあ、まさに花がねえからな」

またフッと笑って、娘と額を合わせた。娘がプロシュートさんの頬に手を伸ばして、ピタピタと触っているのをみた。


「次の看板娘ができたな」

よかったじゃあねえか、店長に向かって言って、店長も笑って頷いていた。なんとなく、そう、なんとなくだけれど、店内があったかくなった気がして、まるで春に酔ってしまったように


「私、昔、プロシュートさんの事が好きでしたよ?」

つい言ってしまった。言ってから、あぁしまったなぁ、と思った。
けれど店長はやっぱりニコニコと穏やかに笑い、娘を抱いたプロシュートさんもうつむきながらも笑って

「そりゃあグラッツェ」

そう言った。

「花屋の娘に慕われるのも悪かねぇが、カタギの生活はカタギのままがいい」
「えぇ、だから、憧れだったんです」


プロシュートさんに手を伸ばして娘を受け取り、同じように額を合わせたらきゃっきゃと笑っていた。

「じゃあなじいさん、頼んだぜ」
「はいよ、かしこまりました」

そう言ってプロシュートさんは片手を上げて出ていった。その出口のすぐそばにブローディアの花があったのが見えて、娘をおばあさんに預けて、その花を幾本かつかんで走り出した。

足の回転が早いのかしら!すでに随分先に行っていて
「あの!これ!」
ハァハァと息が切れたけれどなんとか追いついて渡すことができた。

プロシュートさんは一瞬目を丸めてながらもすぐに

「あぁ、この花は、なんといったか」
んん、と唸った。
「ブローディアです」
笑っていったら、そうだそうだと言いながらも受け取ってくれた「グラッツェ」。



「(花言葉は淡い恋です)」


渡して終わった、穏やかな春の日の事。



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