keepgoing

携帯がなった。私はそれを寝ぼけ眼で眺めて、やがて鳴るから仕方なく手を伸ばして取った。

「‥ロント」

せっかく出たのに相手はしゃべり出さないでいるから、まさに夢見心地の布団の中で私は一度寝返りをうつ「プロント?」。

「あ〜‥、オレ」
「オレって誰よ、オレオレ詐欺かよ」
本当は着信の時に登録名がでるからわかっていたけれど
「‥ギアッチョ」
そう言ってほしくて無理にきいた。

「こんばんは、ギアッチョ」
「暇か?」
「ん」

じゃあ行く、という声に私は笑ってしまった。

「今から行く」
「ハァーイ、待ってるよ」

切って私は鏡をみた。とりあえず起きよう。不規則な生活に緩みきった体を起こして私はバスルームに向かった。


::::::::::


「よぅ」
「どうぞ」

それから1時間もしないうちにギアッチョはやってきた。玄関をあけると手にはいつも通りにワインとスナック菓子を持って立っている。まだ慣れないギアッチョの眼鏡に堪えきれずに笑ってしまったらその三白眼が睨んできた!

「ごめんごめん」
「謝るなら笑うんじゃねぇよ」
「だって、ギアッチョが眼鏡かけてるなんて」

赤フレームの、クルクル頭に埋もれてしまいそうなほどの位置にあるその眼鏡は私が知っているギアッチョにはなかったからやっぱりまだ慣れないわ。

チッと大きく舌打ちしたギアッチョが慣れたように私の部屋の一角からソムリエナイフを取り出して、グラスも2つ持ってソファに腰掛けた。キュッキュッといい音をさせながら、ギアッチョはワインのコルクを抜く。

「突っ立ってねぇで座れよ」
「あたしの家なんですけど!」

主導権はそっちにあるような物言いがまたおかしくて反論しながらも、私はギアッチョの横に座った。

先日、私が働くバーで客に絡まれて居たら、偶然居合わせたギャングに助けていただいた。簡単に言うとそれだけの関係だ。そのギャングがギアッチョだったってのにも笑ってしまったけれど。

「まさかギアッチョがギャングだったなんて‥!」
「何回言うんだよソレうざってぇな、黙れボケ」
「ひどっ!ギアッチョ、だから彼女出来ないんだよ!」
「うるせえんだよ」

グイッと私の肩を押しのけるようにして、自分の足を寛げる場所を作ってしまった。重ね重ね言うけど、ここあたしの家なんですけど!

「態度でかいわね」
「一人寂しいヤツんとこに来てやってんだよ」
「寂しくないです!寂しいのはギアッチョでしょ!」
「一緒にすんな」

言葉はキツいけど、口元は笑ってる。知ってるよギアッチョって昔からこうだった。

「まさか、ギアッチョと飲む日がくるなんてなぁ」

持ってきた濃い味をしたプレッツェルのお菓子を開けた。

「前も聞いた、ソレ」

グラスに注いだ白いソレを私の前に一つ置いて、そのまま自分のものに口をつけた。



私は施設育ちで、記憶はないけど4歳の頃からいたらしい。ギアッチョとも同じ施設で育っただけの仲で、ギアッチョは6歳の冬に居なくなってしまったから、本当に本当に一緒に居たのは覚えているだけでも2年に満たない。記憶があるとなれば1年間もないだろう。けれど、バーで見かけた時、その特徴的なクルクル頭が懐かしい思い出を引っ張り出してくれた。多分、ギアッチョは気がついてなかった。名前をよんでから、ややしてから三白眼を丸めて、「ミチか?」呟かれた言葉に不覚ながら嬉しさが込み上げたのはまだ教えてあげない。

「なんか、不思議」

そういや昔っからガリガリと固いパンやお菓子をよく食べていたっけな。思ってプレッツェルを一口放り込んだらやっぱり舌がピリリと痛んだ。

「なんつぅかよー、何回来ても味気ねえ部屋だよな」

勝手にテレビをつけて流れてくるホームコメディに舌打ちして直ぐにチャンネルを変えていく。一通りザッピングして結局ホームコメディに落ちついたけれど、3分も見ないうちにギアッチョはテレビの電源をオフにした。それからすぐにワインを口に運んでいた。


「相変わらず失礼ね。何回も来て同じこと言わないでよ」
「男の一人もいねえのか」
「残念ながらこの部屋に入れたのはギアッチョがはじめてよ」

ハッと鼻で笑って「涸れてんな」、そう言った。

そんなことないわよ。あまり他人に興味ないだけよ。仕事以外に疲れるなんて真っ平ごめんだわ。私は私で満足してんのよ。

「いなくても困らないから」
「強がりみてえに聞こえるぜ」
「そんな事言ってギアッチョにだって彼女いないでしょ」
「要らねえから」
「強がりに聞こえるわよ」

ヒヒヒと笑ったら、やっぱり鼻でわらってワインに口をつける。変わらないねなんて言えないけれど、たった1年一緒に過ごしただけで何を知ってるんだって言われそうだけど


「ギアッチョ、相変わらずだね」

やっぱり口から出てしまったらテメェもな、そう言われた。

バーで再会してから、何度か連絡を取っているうちにいつしかお互いの家を行き来するようになった。ギアッチョの家に行ったのは2回くらいだけど、ギアッチョはやっぱり今日みたくいきなりの電話から何回もやってきていた。お酒を持ってきたりして飲み終えたら帰っていく、ただそれだけ。くだらない話をして、くだらないテレビをみて、本当に時々昔の話をしてるだけ。まるで学校帰りに遊びにくる友達みたく、1日のうちの数時間だけを二人で共有してる。
今日もワインを飲み干した。

「あたしね」

少しだけ酔ったかしら。ギアッチョの横でクラクラする頭を動かしながら

「ギアッチョの髪さわりたい」


宣言してからそのクルクル頭に指を伸ばした。真意が掴めないなんて顔をして、ギアッチョはされるがままにいた。ピンとしているくせに指を回せばくるりと絡む面白い癖っ毛に覆い被さるように夢中になってしまう。

「昔もこんな風に遊んだなぁ」
「あぁ!?オレは覚えがねぇぞ?」
「だってギアッチョが寝てる時だもん」

人を弄くるな、とばかりに頭を振って私から遠ざかってしまった。なんだよ、いいじゃん。そう思ったけどギアッチョがはぁ、とため息をついたから止めることにした。


「ガキくせえ真似、すんなよ」
「‥ごめんね」

あの頃のままだね、そう言いたかった。けれど言えなかった。私が知ってるギアッチョは6歳のままで止まってて、でもいきなり20を過ぎて大人のギアッチョが入ってきた。6歳のままだったらそりゃあ嬉しいけれどそれは有り得ない。ギアッチョはギアッチョで知らない人生を歩んでたし、私は私で歩んできた。だから、知らない人が目の前にいる感じだってあるんだ。

「ギアッチョ、」
「飲み終わったから、帰るぞ」
「待ってよ」


ギアッチョはなんで此処に来るんだろう。なんでいつも飲んだら帰ってしまって、またふらりふらりとやってくるんだろう。

玄関に足を向けたギアッチョの背中を見ながら、またため息をついた。

「泊まっていけば?」
「‥」
「まだ、ギアッチョと話したい」

ワインあけるよ?、セラーからワインを取り出してラベルを見せた。高くはないけれど、名前があるワインだからおいしいよ。

「ギアッチョ、あけてよ」
ソムリエナイフを渡したらギアッチョはやっぱりソファに戻ってきてくれた。けど、ワインはあけてくれなかった。なんだか考えるみたいにじっとワインを見て、テーブルの横にゴトンとおいた。



prev next



top 


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -