3.ビリーヴァーの結論

仮縫いが終えた。この1週間はとても短くてあっという間だったから、私はこの前の不出来な話を考えることも出来なかった。出来なかったけれど悔やんだりはしてなくて、むしろ私はその頭の中にあるとめどない話に溺れていた。

メローネさんの晩餐会には招待状がなければ入る事は出来ないけれど、一つだけ入り込む方法がある。立場は違うけれど、給仕の姿に扮するのよ。死者やメローネさんの後ろからお皿やグラスを差し出して、静かな顔してメローネさんを憐れむの。



「…なんてね」


首を絞め上げられたあとにメローネさんに言われた一言がやたら頭の中に残っていた。あの最悪な一言を聞かないままにあのままに殺されていたら幸せだったかしら。だって私の妄執なままに世界が出来上がって終わらせる事ができたのだから。けれど、メローネさんは私に言う暇をあたえなかった。


あぁ、お腹がすいた。パンはまだあったかしら。あぁ喉がかわいた。カランカランカランと音がしてあの末娘と父親だった。あのドレスを取りにきたんだわ。私は腰をあげて二人を出迎えた。


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試着をし調整をして、来週の引き渡しの約束をとなった。


「式は来週末でしたね」
「そうなのよ!身内ばかりの小さなパーティだけれどね」
「規模じゃないでしょう。あぁでもこのドレスを着て素敵に笑ってちょうだいね」

ええ幸せになるわ!そう言って末娘は笑っていた。際立って美人でもチャーミングでもないけれど、やっぱり幸せそうに笑う女性は綺麗なものね。父親も柔らかく見守りながら笑っている。
この前のテーラーの支払いを済ませて、親子は店をでた。まるでヴァージンロードを歩くみたいに寄り添いながら、本当に仲良く街中に消えていく。どうか私の妄想みたくならないでね。罪悪感なんてないけれどそんな事を思ってしまった。

窓越しに街をみた。まだ明るいからメローネさんはまだ来ない。今日はよく晴れているけれど、晴れているからこそあの人は尚更に明るいうちにはやってこないだろう、そう思っていた時に店の前に大きなバイクが停まってエンジン音が落ちた。見ていたらヘルメットをとったのはメローネさんで、私が覗いていた窓はいつも彼が覗いていた場所だから必然的に窓越しに顔をあわせてしまった。

「アハッ!」

向こうのキョトンとした顔につい笑い出してドアを開けてあげる「いらっしゃいメローネさん!」。

「どうしたんだい、ずいぶん機嫌がいいようだ」
「面白かったのよ!まさか偶々外をみていただけでメローネさんがやってくるなんて思わなかったんだもの!」
「そりゃあ運命的だな」
「きっと私はずっとメローネさんに仕える運命なのね!」

ふふふと笑ってしまった。メローネさんもにこりと笑っていた。

「ところでさっき向こうの交差点で父娘とすれ違ったんだ。とても仲良さそうに腕を組んでいたけれど、ドレスの父娘かい?」
「ずいぶん勘がいいのね!さっき来店されたから、当たりだと思うわ」
「父親は娘恋しさにやせ衰えて?」
「母親は心配の限りで床に伏せ」

ちらりとメローネさんをみた。メローネさんが小首を傾げると、さらりとハニーブロンドが揺れた。あぁ、やっぱり綺麗な人ね。


「…なんてね」


小さく言ったらメローネさんが「なに?」、聞き取れなかったと言うように、言った。

「私のお話、面白くないわね」
「そんな事ないさ」
「これから幸せになる人に失礼だわ」
「オレはミサの話もこの店にくる大切な要因だ」

そう言ってくれるから私はメローネさんに甘えてしまうのよ。

「…メローネさんにしか言ってないのよ」
「そうだろうと思っていたさ」


トルソーにかけておいたベストを出してメローネさんの前に置いた。そしたらなにも言わずに腕を通してくれたから、私は前の調整をしようと屈み込んだ時、笑う気配を感じて顔をあげた。

「メローネさん?」
「いや、いい形だ」
「よかったわ、それに、やっぱりとてもよく似合ってる」

ふふふと笑って「動かないでね」と針を刺した。丈を少しだけあげようと思っていたから、必然的に屈みよりも膝立ちの姿勢になった。

「私、やっぱりメローネさんにずっとお仕えする気がするわ」
「オレを飽きさせないためにおかしな話も作っておくれ」
「了解、マスター」


針を通しながら、冬の女王の落とし子の話をした。そしたら彼は静かに笑っていて、やがて、「誰かの話をしよう」そう言った。

「誰か?」
「この世界の誰かの話」
「誰かって?」
「居るだろう?初恋の人の復讐を遂げるために人間をやめた男や物心つく前からの狂気の半生を悔いるように愛をそそぐ教育マニア、それに」
「私の世界には居ないわ?メローネさんにはいるのね」

目をみて笑ったメローネさんは黙ってしまったけれど、私は別に怖くはなかった。むしろ面白いとさえ思ってしまった。末期だわ。


「メローネさんのお話も聞きたいわ」
「オレの話は不出来だから、それこそ話にならないさ」
「そうかしら」
「だからミサのところに来るんだよ」

ツルリと髪を一束撫でられ、それが私には不意うちだったから、ドキンとしてしまった。誤魔化すように「…もっと色んな人を見なければ、面白いお話ができないわね」。

窓の外をみた。やっぱりよく晴れているから通りの向こうの屋根ごしにきれいな青空が見えて、今日は久しぶりに外にでて買い物でもしてこよう、なんて思った。けれど

「ミサの話に部外者はいらないよ」

メローネさんは言う。

「ミサが考えた話がオレは聞きたいと言ったろう?なにか材料が必要ならオレが調達してやるよ?なにが欲しい?」
「きっかけが欲しいなんて考えたことないわ」
「なら、さぁ、次には新作を聞かせてくれよ」

立ち上がろうとした私を助けるように手を差し伸べてくれたからそれに甘えれたら「もう少しなんだ」。

「何が?」
「もう少しでキミはディモールトよくなるから」
「どういうこと?」
「なってからのお楽しみだ」

ベストをぬいで作業台の上に投げた。そしてわらわずに言う。

「来週またくるよ。外には出ないでオレのために話を考えておくれ」

まるで軟禁されてるみたいだわ。だから私は笑ってしまって

「えぇ、マスターのために頑張るわ」
「きっとだよ」
「お楽しみに」

カランカランカランとドアを鳴らしてメローネさんは出ていった。
じられたドアの横の窓から覗くとメローネさんがバイクに跨りながらも、何かパソコンのようなものを出して口元を歪めていた。あぁそのパソコンの中には膨大な量の死に誘うデータが入っているんじゃないかしら!



「…なんてね」



また現実と隔離された私だけの世界に戻って、私は自分のために紅茶を淹れて、ミシンの前に腰を下ろした。さて、仕上げに入ろう。私はさっきメローネさんが投げたベストを手に取った。







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