ライフ/ホルマジオ 名前変換 「ふぁ…」 大きな欠伸に目が潤んだ。その目でホルマジオと目があってしまった。 暇だからあくびが出たわけじゃないのよ。目を瞬かせて、瞼に力を込めた。パチパチとまばたきして、ふう、と息を吐く。眠たいけど、まだ寝るわけには行かない。食べ終えた夕食のお皿をシンクにおいて、私はまた机の端に置いたパソコンの前に座った。だけどその私の様子をみたホルマジオがちょっと眉間にシワを寄せて 「ここに、座れ」 「はい?」 そう言った。 ホルマジオとはつい先日一緒に暮らし始めた。いわゆる同棲、というのを開始した。ホルマジオは知らないけど私にとってそれは初めてで、嬉しいと同時に緊張続きでもあった。そんなに広くない部屋に二人きり。ガラにもなく恥ずかしくって、だけど楽しくって私は多分、自分の状態に気づいてなかったのかもしれない。 「何?」 「何じゃあねぇでしょ」 言い方がおかしいよ?それに指してる場所もおかしいよ?それじゃあホルマジオの上に座れってことになっちゃう。 「ちょっと待ってね、今メールだけ打っちゃうから」 それに時期を重ねて、私は仕事でも重要なプロジェクトのチームに抜擢されて嬉しい反面気が引き締まる思いだった。だから、せっかく同棲してるのにホルマジオと過ごす時間は限られていた。 「いーから来いって」 「んー」 本当はパソコンを部屋に持って帰りたくなかったけど、やっぱり持って帰ったら仕事の延長で。 「ののこ」 「あとちょっとだから」 「ののこ」 「もう一件だけ!」 視線はディスプレイのまま。だから気がつかなかった。送信ボタンをクリックした途端に近くに来ていたホルマジオにノートパソコンを閉じられてしまった! 「あぁ!やだ!」 「やだじゃあないよ、ちったあ聞けよ」 せめて送信確認だけでもしたかったのに! 私は口を尖らせて斜め上にいる赤毛をみる。あっちも仕方なさそうに口を曲げていたけれど。 でも、こんな事でケンカしたくない。幸い電源まで落ちてないからきっと復旧してくれるはずよね。立ち上がって「ホルマジオも何か飲む?」と聞いたら「要らねえけどさ」と答えて、小さな冷蔵庫に向かう私を見送ってた。 夕食の食器も洗わなきゃ。洗濯もの干さなきゃ。ホルマジオも手伝ってくれるけれど、生来そういう家事の類は好きじゃないらしくあまり率先してやらないから、私がやっぱりやってたりする。 それが嫌なんじゃないの。仕事だって頑張りたいし、任された事なら尚更きちんとしたい。生活だって、ホルマジオがうまいうまいと食べてくれるから料理は楽しいし、キレイな部屋は気持ちいいじゃない。 「ののこ」 冷蔵庫の前で固まっていたらもう一度、呼ばれた。 「なぁに?」 言ったらやっぱり手招きで一人掛けのソファにいて、手招きしている。 「座れ」 「座るとこ、ないよ?」 首を傾げていたら、私の体をくるりと回して、ホルマジオの足の間に腰を降ろす形になった。そして後ろから両方の肩を強く握ってきた。 「ちょっ!っと!何!?やっ、やだぁ!アハハハ!」 どんどんと手を動かしては揉みしだいていく。それが痛いようなくすぐったいようなでもう大変だった! 「ホルマジオ!やっ!くすぐったい!」 「オラッこんな肩が堅くなってんじゃねぇえかッ」 「アハハハ!やだ、アハッ!くすぐったいって!」 肩から腕、首なんかをギュッギュッと力を込めていく。ホルマジオの上で身を捩らせていた私はついに耐えきれなくて膝を降りようとした、その時 「ちっとは休め」 そう後ろから声がした。 腰に手を回して引き付けた。背中にホルマジオの体温を感じる。 「休んでるよ」 「クマがある」 やだ、隠せてなかった? 「疲れを取るのも仕事だ」 そしたら片手で私の視界を閉ざして、肩口に頭を寛げさせてくれた。あったかい。背中もだけど瞼の上に乗った手が、大きくて決して柔らかくなんてないけど、広くてがさつくその手が好きだった。 「ホルマジオ」 「なんだ?」 「寝ちゃいそうだわ」 「しょうがねぇなぁ」 笑った気配がした。ただ、そのままでいてくれた。私が黙ってしまったら、ホルマジオも私の肩に額をおいてきた。 なんだか、仕事は明日でいい気がしてきた。真っ暗な視界でも、すぐそばにある匂いとかぬくもりとか、そういうの。 「ホルマジオ、よくわかったね」 「一緒に暮らしてるんだぜ?」 「私、自分でわかんなかった」 「頑張っても悪くはねぇが、んなガツガツしねぇでさ」 額を私の肩でゴロゴロと揺らしながら 「のんびりやろうぜ?」 ちょっとだけ語尾を伸ばして。 塞がれた視界でもわかる脈打つ感覚に癒されながら、首筋を擽る硬い毛質の赤毛とかに少し緊張しながら。 「本当、寝ちゃいそうよ」 そう告げたら 「しょうがねぇなぁ」 ギュッと腰に回された腕に力が入って。私はすぐにその腕の中で眠ってしまった。 ホルマジオとの暮らし、うまくやれるかもしれないわ。 |