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その日ホルマジオが下らない話をしにきて、珍しく行き交う人の中に手を振ったな、と思ったら、これまた珍しく日本人の女の子だと言う。
「クロサワの話がしたいわ!」
「相変わらず一方的だな」
ホルマジオが呆れた顔をしたのはわかったけれど押さえられなかったのよ!声をかけると少し戸惑ったような顔をして、でも辿々しいイタリア語で相槌を打ってくれた。だから印象は悪くなかったわ。

彼女が上映室に入ってから、いつの間に帰ったのかしら、なんて思いながら今日の業務を終えた。普段通りの帰路につく。今日の夕飯は何にしようか、玄関ドアを開けて見えたのはプロシュートだった。ソファに腰をかけたまま、こちらは見ていない。
「今日ね、ホルマジオが映画館に来たのよ。珍しく映画見るって言うし!それに夜も来るって言ってたから、ってもう来てるの?」
構わず話を始めるとやっとこちらを見てくれた。でもそのプロシュートの背中の方で何か動いたようは気がした。

「誰かいるの?」
「悪巧みしてんだよ。さっさと部屋に行け」
「えー、ご飯は?作っていい?」
「オレ以外いねぇから、部屋に戻ってろ」

少し急いたような、でも圧力の掛かった言い方だった。少しムッとして「何故?」、言い返しているうちに、プロシュートの背中から女の子が姿を表した。たぶん、ホルマジオのスタンドで小さくされたのが戻ったようだった!
視線が合った。
直ぐに気づいた。
だって日本人の知り合いなんて彼女しかいないもの。そして目を見張った、彼女の不自然に切られた髪。

「プロシュート!どういうこと!?悪巧みって何!?」
「うるせぇな、部屋に行ってろ」
「髪、どうしたの!弄んだの!?」
「後で説明してやるッ!」

キッチンまでやってきたプロシュートに腕を掴まれ、そのまま引き摺るように部屋に連れていかれる。どんなに暴れたって引っ掻いたって掴まれた腕は外れない。骨が折れるんじゃないかってくらい、強く握られていた。
引き摺られる間に彼女の横を通り抜けてしまう。
「何か酷いことされたの!?」
呆然と声も発することない彼女に何も出来ないまま、私は西窓の部屋に押し込められてしまった。
外から鍵が掛けられたのがわかった。
思い切りドアを叩いた。
「プロシュート!教えてよっ!」
答えは当然返ってくることもなく。
何度ドアを叩いてもびくともしないこの部屋のドアに更に苛立って、何度もドアノブを回したし体当たりもした。それでも開かず、両手とも赤く腫れ上がった頃に悔しくて下唇を噛んだ。

まるでそれを見計らったかのようなタイミングで「暴れ疲れたか」、声と共にドアが開いた。

逆光で表情がわからなかったけれどプロシュートであることはわかる。その、少し落ち着いている声に苛立ちを感じてしまった。
「もう出て良いぞ。飯でも作ってやれ」
「どういうことよ!何をしてたの!?まさか殺したりなんてっ、」
してないでしょうね、言い掛けて自分の言葉を打ち消すように首を振った。そんなの嫌だ。彼女が何者かなんて知らないけれど、戸惑ったようなあの表情はきっと敵なんかではない筈だ。

プロシュートの顔が見えた。
眉間に深く皺を寄せている。
深く息を吐いてから、そしてゆっくりと喋りだした。

「テメェが思うような事はしてねぇよ」
「‥まだ、居るの?」
「ホルマジオが連れてった。アイツ何考えてんだろうな」
「どういう関係」
「ホルマジオに聞いてくれ」

先にリビングに足を向けたプロシュートの背中を追うように足を動かした。
向かった先に彼女はもういなかった。

「詳しく聞きたいわ」

背中に声をぶつけても、プロシュートは片手を上げて流してしまう。おさまらない腹のまま、もう一度「これは教えてくれる事でしょ」、その結った髪を掴んでばらばらにしたい衝動に駆られながら、私は息を吸って吐いて、そしてプロシュートの前に回り込んで立ち塞がった。




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