今までも、そして、これからの時間も。



懐かしむ





『もう、ここともお別れなんやねぇ』


入部してから毎日のように通うたテニスコートを、端から端まで眺める。思わず溢れた言葉は誰に向けたモンでもあらへんかった、けれど誰かが拾うてくれたみたい。


「せやな、あっちゅう間やったなぁ」


いつの間にか隣に来とった白石の、学ランの胸元にある花飾りが目に入る。この学校を卒業したっちゅう証は、私の胸元にあるモンとおんなじ。私たちは、今日この四天宝寺中を卒業した。

入学したての春、当時クラスメイトやった白石に誘われてテニス部のマネージャーをやることになってから、このテニスコートに通うようになって。テニスなんてしたことも見たこともあらへんかったけど、優しい先輩と同期と後輩に恵まれて充実した日々を送れたことは、私にとって大切な財産。


『あ‥ねぇ、覚えとる?あのコートの角のくぼみ』
「どれどれ‥あぁ、金ちゃんがやったやつな」
『そうそう、白石との試合でな、見とるこっちが死にそうになったわ』
「いや、やっとる俺が一番死にそうやったっちゅーねん」


アレは忘れもせぇへん白石と金ちゃんの初対戦、金ちゃんが超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐を繰り出して作ったコートのクレーター。あれ以来、うちのコートでは山嵐禁止令が出されて、金ちゃんがしょんぼりしとったのを覚えとる。

それだけやない。コートの至る所に部活中の思い出が、楽しかったんも苦しかったんも全部残っとる。いつからこんなに大事な場所になっとったんやろ。


『‥あ、あと、コレも』
「ん?‥あぁ、コレなぁ」


私が指差した方を見て、白石が少し照れ臭そうに笑う。コート出入り口である立派な木製の門柱の、付け根に小さく彫られた文字。数字とアルファベットが並ぶそれは、私と白石が付き合い始めた記念日をみんなにバレへんようにこっそりと刻んだもの。うーん、今考えてみると、なかなか若気の至りやったかも。


『私、まさか卒業まで白石と続いとるとは思わんかったわ』
「ヒドいなぁ、俺はこれからも離す気あらへんで」
『もちろん、今は私もそうやで』


それは嬉しいなぁ、と眉尻を下げて笑う白石は、私たちが付き合い始めた2年の夏と比べて、背丈はだいぶ大きなったし声も少し低なった。私は髪が伸びたくらいしか変化はあらへんけど、それでも少しは内面的に大人に近付いとる、と思いたい。


『白石、』
「ん?何や、名前」
『今まで一緒に居ってくれてありがとう』
「うん、こちらこそ」
『そんで、‥これからも、よろしくね』
「ははっ、俺の方こそよろしゅう頼んます」


そう言うと、白石は私の腕を引いて、その広い胸の中へ私を収めた。昔はもっとぴったりサイズやったのに、と茶化して言うたら、腕に力を込めてぎゅうぎゅうに抱き締めてきよった。く、苦しいやんかアホ。

今後、このテニスコートに来ることはもうあらへんかもしれんけど、時々こうやって2人で思い出たちに会いにきたい。白石の腕の中で、ぼんやりとそんなことを思うた。


(バイバイ、またいつか)








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