思い切る、その勇気を出せないまま。
諦める
「あの、私、幸村くんのことが‥っ」
やってしまった。うっかり他人の告白現場に居合わせてしまうなんて。昼休みだからって裏庭で日光浴なんてするもんじゃなかった。
幸いなことに、私がいる場所は死角になっていて告白している女の子も告白されている幸村くんも、私の存在には気付いていない。だけど、少しでも動けば確実に気付かれる距離にいるのは、声の聞こえ方からして明らかだった。
「‥ありがとう、気持ちはとても嬉しいよ」
出来る限り息を殺して、存在感を消して。それでも、当事者たちの声が聞こえれば心の動揺は隠し切れない。だって、今告白されているのは、よりにもよってクラスメイトで想い人でもある幸村くんだから。
次に幸村くんからどんな言葉が飛び出てくるのか、聞きたいような聞きたくないような複雑な気持ちなのに、耳を塞ぎたくても塞げないこの状況は、私にはかなり残酷だ。
「でも、すまない。君の気持ちには応えられない」
「それって、好きな人いる、とか‥?」
「うん、まだ片思いだけどね‥だから、ごめん」
こちらこそごめん、ありがとう。涙交じりの声でそう言って、女の子が小走りに去っていく足音が聞こえる。そこでやっと場の緊張感から解放されて、思わず大きなため息を一つ吐いた。
その時、私は、自分以外にまだ1人、その場に残っていることをすっかり忘れていた。そのことに気付いたときには、いつの間にかその人ーー幸村くんが、私の目の前に立っていた。
「盗み聞きだなんて、いい趣味だね」
『いや、あの、不可抗力で‥あはは』
「別にいいけど。ところで、俺の言葉聞いてた?」
『あ、えーと、その、』
いつもと何も変わらない微笑みを浮かべる幸村くん。その問いには何と答えたらいいのかも分からず、私は乾いた笑いを返しながらも、頭の中で必死に先程の2人のやりとりを反芻する。
幸村くんは、確か、“まだ片思い”って言っていた。まだ、ってことは、そのうち両思いになる予定でもあるんだろうか。
「そろそろ片思いも飽きてきたんだよね、俺」
『そ、そうなんだ。想いが届くといいね』
というか、冷静に考えてみたら、想い人が片思いしているってことは、私の失恋はほぼ確実になったということだ。人気者の幸村くんのことだ、その片思いの相手が自分だという僅かな期待さえ望めない。
想いを伝える間も無く、私の恋心は儚く散ってしまうなんて。さっき告白していた女の子が、少し羨ましくさえ感じてしまう。
「で、その想いを届けたいんだけど、いいかな」
『うん、いいと思うよ、幸村くんなら絶対大丈夫だよ』
「よかった、名字さんにそう言ってもらえて」
チクリ、粉々になった恋心にダメ押しの一発。失恋した相手の恋を応援したい気持ちは勿論あるけれど、それが失恋したばかりの今というのはあまりにも残酷なタイミングだ。
せめて、もう少し幸村くんのことを思って、想って、想い切らせてほしかった。そうすれば、きっぱりと諦められるのに。どうにも処理しきれないこの気持ちは、あっという間に私の視界を滲ませた。
「どうして泣くの?名字さん」
『あ‥あれ、な、何だろコレ‥‥』
「‥もしかして、伝わってない?」
『‥‥‥へ、?』
「俺の想い、名字さんに届けたんだけど」
涙拭きなよ、と幸村くんがハンカチを差し出してくれる。だけど、幸村くんの言葉が上手く飲み込めなくて、私の身体はそれを受け取ることさえままならない。
幸村くんの想いを、私に?
「ああ、言葉が少し足りなかったかな。俺、名字さんが好きなんだ。この想い、受け取ってくれるかい?」
涙を零しながらフリーズする私を見兼ねて、幸村くんがハンカチで涙をそっと拭ってくれる。いつも以上に近いその顔はいつも通り優しい笑顔なのに、その口から出てくる言葉はことごとくいつも以上に優しくて、甘い。
「フフ、そうか、俺なら“絶対大丈夫”なんだっけ」
『え‥あ、そ、それは‥』
「まさか、ここで諦めろなんて言わないだろ?」
『‥‥‥!』
コツン、と軽い衝撃を額に感じれば、焦点が合わないほどの距離にある幸村くんの綺麗な顔。その口許には自信とも取れる笑みが浮かんでいて、ああ、私の気持ちは既にバレているのだ、と直感した。
視線の逃げ場を探せないまま、あっという間に私の視界は幸村くんに埋め尽くされて。私は、幸村くんへのこの想いを諦めることを、諦めた。
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