「はぁ‥‥」


みんなが笹飾りや短冊書きに賑やかな部室の中で、笹を見上げながら物憂げな溜息を吐く奴が一人。


『どないしたん、蔵ノ介』


何となく、溜息の理由は分かっとる。分かっとるけど、念のため。隣に立って、横目でちらりと顔色を伺うてみる。

案の定、疎ましがっとるような視線が私を突き刺した。‥ですよねー。


「どっかの誰かさんがえらいモン持ってきてくれよったなぁ、と思うてなぁ」
『は、はは、そうやねぇホンマに‥』
「こーら、逃げるんやない」
『あ、あははは‥』


すこぶる笑顔なくせに、口から出るんはとげとげしい小言。あんたは私の姑さんか。

思うてた通りの反応。さりげなくその場から去ろうとしたら、やんわりと手首を掴まれて制された。私にどないせえっちゅうの。


『さっき説明したやん、私悪ないやろ?』
「理由は分かっとる、けどコレ七夕終わったら処分せなあかんねやろ」
『そんなん知らんわ、オサムちゃんに言うたらええんちゃう?』
「朝っぱらから名前に笹押し付ける人やで、やってくれると思うんか?」


何ちゅう説得力、っちゅうか蔵ノ介のオサムちゃんへの信頼度の低さが半端あらへん。私かてオサムちゃん信じたいけど、絶対とは言い切られへんとこが辛いとこ。オサムちゃん、ごめん。


『あー‥せや、蔵ノ介は何をお願いするん?』
「早よ七夕終わってこの無駄な笹が部室から消えますように、やな」
『ロマンの欠片もあらへんなぁ‥』
「ん?何か言うたか、名前」
『な、なんれもあいまへん‥』


あかん、今日の蔵ノ介はなんや機嫌が悪いみたい。私がうっかり呟いた言葉にも、笑顔で反応しよる。しかも人の頬っぺたを結構な力でつまみよって、私が女の子やっちゅーこと忘れとるんちゃうかな。


『何でそない機嫌悪いん?』
「別に悪ないで」
『‥言いたないんなら無理には聞かへんけど』


利き手で襟足を撫でながら、溜め息交じりに笑う蔵ノ介。少し困ったような笑顔で、「名前には敵わんなぁ」なんてこぼすから、こっちまで調子狂ってまうやん。


「七夕、二人でしたかってんけどなー、てな」
『‥‥へ?二人?』
「名前と俺の二人で、当たり前やろ?」


また小言が飛んでくるかと思てたのに、まさかの意外すぎる言葉に間抜けな声が出てもうた。

蔵ノ介の表情が穏やかな笑顔やから、いつもみたいに冗談ともとれん。むしろ何でか私の顔ばっか熱なってくる。


「ほな、そーゆーワケやから」
『は、‥えっ?』
「部活終わったら裏門集合‥俺のホンマの願い事、叶えさせてな?」


そない台詞に追い討ちかけるように、口許に人差し指を添え立てて「みんなには内緒やで」なんて笑うて皆の輪の中に戻っていく。さっきまでの小姑な蔵ノ介は、もはや見る影もあらへん。何なん、ホンマ。

それより何より、蔵ノ介の“ホンマの願い事”が気になって、楽しく七夕なんてやっとる場合やなくなってもうた。後でぎょうさん文句言うたるから、覚悟しときや?










蔵ノ介の策にまんまと嵌る

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