「もしもし、名前?」



真夜中に、突然震えた携帯

慌てて電話をとると聞こえてきたのは

聞き慣れた、甘い重低音



『どうしたの、侑士』

「テスト勉強、邪魔したろ思て」

『残念でした、もう終わったもん』

「あら、そら残念やわ」



電話越しの、侑士の笑い声

本当は全然テスト勉強なんかしてないけど

そんなこと、侑士にはバレてると思う

侑士の声を聴くと、何だか

ドキドキするのと同時に、安心もする



『侑士、今、何してた?』

「今な、星見てんねん」

『星?珍しいね』

「やって、今日めっちゃ空晴れてんねんもん、」



名前も見てみ、と声に促されベランダに出てみると

真っ黒な空に、無数の光の粒

まるで、黒い絨毯に小さな宝石を散りばめたようで

侑士が見入ってしまうのも、分かる気がした



『ホントだ、今日よく見えるね』

「せやろ?」

『あ、夏の大三角形』

「ホンマや、目立っとるなぁ」



ちょうど頭上の、真上の空

そこに見えるのは、一際強く輝く星々が造る三角形

電話の向こう、侑士にも確認できたようで



(違う場所で、同じモノ見てるって、何だか不思議)



今、別々の場所に居るのに

同じ星を見ていて、声も聞こえてきて

何だか、すぐ隣に侑士がいるような気分

それだけで、ちょっと、嬉しくなる



「何か、あれやな」

『ん?なに?』

「あの星から見たら、俺らめっちゃ、ちっこいんやろな」

『あはは、確かに』

「俺らの間の距離なんて、全然見えそうにないもんなぁ」



そう思うと、離れ離れの今も

侑士との距離はゼロに近いような錯覚

同じモノ見て、言葉を交わして、

限りなく近い距離にいる、なんて

幸せ以外の何物でもない



「‥でな、名前」

『なに?侑士』

「視線、ちょお下げてみ?」

『え、‥‥何で?』



言われた通り、空から地表へ視線を下ろす

ベランダの高さより少しだけ下に目をやると

こちらを見る、二つのレンズが確認できた

それは間違いなく、見慣れた侑士の眼鏡で

もちろん、その持ち主もそこに立っていた



『何してるの、侑士』

「何、て‥名前に会いにきたんやけど」

『や、でも、こんな時間に‥』

「名前の声聴いとったら、顔見たなってん」

『‥ばか』



時計に目をやれば、もう日付が変わる頃

家族に気付かれないよう、足音を立てずに玄関を抜け

家の前の電柱に寄りかかる侑士に駆け寄る

侑士は、半袖のシャツとジーンズというラフな格好で

制服とは少し雰囲気が違い、何だか新鮮



「あかんなぁ、名前」

『な‥、何が?』

「こんな時間に外出てもうて‥、狼に食われるで?」

『今日は月出てないから、大丈夫だもん』



くだらないこと言って、笑い合って

今、ゼロより近いところに侑士が居る

手を伸ばせば届く、この幸せに

気付いたら、自分の顔が緩みっぱなし



(やっぱり、この距離がいい)



侑士の手を小さく握って、

夏の大三角形を見上げてみたら

さっきより近くに見えた気がした



「ほな、いただきます」

『満月じゃないと、狼にならないんじゃないの?』

「俺は、星でもなれるんやで」

『都合のいい狼だね』

「まぁな」



目を閉じる前に見えたのは

侑士の顔と、夏の星たち


















(距離なんて、なくなればいい)



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