秘密という甘く妖しげな響きに

人は、私たちは躍らされる



「芥川くん、これ秘密だからね!」

「分かってるってー」



廊下で、不意に聞こえてきた会話

聞き覚えのある声に、目を向けると

やっぱり見覚えのある顔があった

私が近付くと、無邪気な笑顔が迎えてくれる



『ジロー、今、』

「あ〜、うちのクラスの女子」



何の話してたの?、って言葉はジローに遮られて

それ以上、ジローは何も言おうとしない

ジローが言わないなら、大したことじゃないのかもしれない

だけど‥彼女としては、やっぱり気になるわけで



『何の、話?秘密って』

「別に?何も」



ていうか秘密だしー、と笑うジロー

思わず、視線がつま先に落ちる



(女の子と、私の知らない話しないで)



他の子と2人だけの秘密なんて作らないで

自分の中に渦巻く、どろどろとした感情

吐き出したら最後、止まらなくなりそうで

小さく拳を握って、この感情が消え去るのをじっと耐える



「名前?何かあった?」

『‥別に、何も』

「じゃあ、顔上げてよ」

『やだ』

「いいから」

『‥や、っ!』



ジローの両手が、私の頬を包んで持ち上げる

今の私、絶対醜い顔してる

私が、きゅっと目を固く閉じるのは

こんな顔、ジローに見られたくないから



「何も、って顔じゃないじゃん」

『‥んなこと、』

「ないなんて言わせねーし」



恐る恐る、目を静かに開くと

ジローの真っ直ぐな瞳が、私を全て見透かしてる

言わなくても分かってるくせに

ジローは、いつも可愛い顔をして

たまに意地悪だから、たちが悪い



「言ってよ、名前」

『‥秘密、とか‥』

「ん?」

『他の子と、作らないで‥』



目を伏せたのは、私が出来る唯一の抵抗

瞼を少しでも動かしたら、涙が零れそう

この涙が表してるのは、私の醜い嫉妬心

それから、ジローへの独占欲

本当は、こんな透き通った色じゃないけど



「名前ってば、ジェラシー?」

『っ、‥‥悪い?』

「全っ然、むしろ嬉C!」



そう言い切る前に、ジローが抱きついてきて

その衝撃で、堪えていた涙が零れる

でも、さっきまでの醜い気持ちが嘘のように消えていて

ジローが浄化させてくれたのかもしれない、なんて



『‥ジロー、ごめん‥』

「何で?名前、悪いことした?」

『え‥なんか、やきもち‥とか』

「それ、悪いこと?」



不意に、耳元にジローの唇の感触

ちょっとした吐息さえ、くすぐったい距離で



「だって、名前がそんだけ俺のこと好きぃーってことでしょ?」



なんて、嬉しそうに言うジロー

なんだかもう‥ジローには敵わない



「‥いーこと思い付いた」

『なに?』

「俺達だけの秘密、作ろ?」



そう言って、一つ小さなキスを落として

ニヤリと笑うジローの顔は、男の子の顔

普段見せないような、その表情は私だけの秘密



『‥で、さっきの子の秘密って何だったの?』

「えぇ〜名前、それ聞いちゃうー?」

『‥気になるんだもん』

「あの子、最近夜寝れないから寝る秘訣教えてって」

『なるほど‥だからジローに‥』

「名前も、秘密だからね?」

『はーい‥』













(それは甘い響き)

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