「激ダサだな、ジロー」



机に伏せてる俺の、前の席に座って溜め息を吐く亮

普段ならカチン、ときそうなその言葉も、今の俺には否定できない

だって、今の俺、自分から見ても激ダサだもん



(何で、)

(何でオーストリア、なんか)



事の始まりは、今日の昼休み

いつものように屋上で、名前とごはん食べてたんだ



『ジロー、私、短期留学する』



普段の会話のように、淡々と紡がれた名前の言葉

だけど、その瞬間、心臓が止まったような気がした

言葉が見つからない俺を他所に、名前はここぞとばかりに話を続けた



『夏休みの間だけ、なんだけど』

『将来、音楽の道進みたいし』

『今のうちに、オーストリアでいろんなもの吸収して』

『これからの勉強に活かしていこうかな、って』



親も応援してくれてるんだ、と嬉しそうに笑う名前

そんな名前見たら、俺、何も言えないじゃん‥‥

夏休みの間だけ、って1ヶ月以上あるんだよ?

第一、オーストリアなんて何処にあるかも知らない



(そんなとこ、行かないで)

(ずっと、俺のそばにいて)



そんな子どもみたいなワガママ、言えっこなかった

俺が黙ってると、名前は無邪気に俺の顔を覗き込んで、一言呟いた



『ジローも、応援‥‥してくれる?』



結局、俺は名前に何一つ言えないまま、昼休みが終わってしまった

お互い別々の教室に戻るとき見えた、名前の少し悲しげな横顔

やっぱり俺はあのとき、嘘でも「応援してるよ」って言うべきだった?



「夢、なんだろ?名字の」



俺の机に頬杖をついて、亮がぽつりと呟く

名前の夢は、ピアニストになること

そのために今も、有名なピアノの先生にレッスンをお願いしてるって言ってた

名前は夢に近付くために、留学を決めたんだ

そんなこと、俺だって分かってる



「ジローには夢とかあるのか?」



今はそんな話、関係ないじゃん

そう、亮に反論しようと伏せてた頭を上げる

そのとき、一つ、胸に突き刺さるものを感じた

この感じ、覚えてる









『ジロー、なんか夢ってある?』



名前にも、そう聞かれたことがあった

あれは、3年になる春のある日

ちょうど、みんなが進路について考え始める時期だった



『私ね、ピアニストになりたいんだ』



ちょっと照れながら言う名前が、すっげー大人に見えた

ポッキー山ほど食べたい、とか

ずっと寝て過ごしたい、とか

それまで俺が言ってきた夢なんて、名前の夢の前ではオモチャみたいなモンだった



『ジローは、プロのテニスプレーヤーとか目指すの?』

「う〜ん、そしたらまず跡部倒さなきゃだC〜」



倒すなんて敵みたい、って名前はくすくす笑った

正直、将来プロになるとかは考えてなかった

今は、テニスが楽しいからやってるだけ

そんな大それたこと、俺には到底考えられなかった









「‥俺、名前がうらやましかったのかもしれない」



将来のこと考えてて、それに向かって着実に進んでる名前

一方、将来どころか明日のことさえ考えてない俺

差がありすぎて、愕然とした

夢を追って留学を決めた名前が、俺には大きすぎた

逆に、名前には何も考えてない俺が小さすぎるんじゃないかって思った



(こんなの、ただの嫉妬じゃんか)



もちろん、1ヶ月も名前に会えないのは寂しい

だけど、こんなに寂しいのはそれだけじゃない

夢を追いかける名前に、置いていかれるような気がしてるんだ

いっそ、引き止めたい

でも、俺にはそんなことする権利も勇気も、ない



「意外に逞しいよな、名字って」

「確かに〜」



亮の何気なく的を射た言葉に、思わず笑いがこみ上げる

ホント、名前のあんな華奢な体のどこに強い意思があるんだろう

ひとつの夢を追いかけて走り続けること

それは、すごく難しいこと

それでも夢を持てる人は、すごいと思う



(だから、)

(それを俺が邪魔しちゃ、いけない)



机の上で組んでいた腕に、更に力を込める

本心とはちょっと違うけど、これも俺の本音

名前に後悔してほしくない気持ちはウソじゃない



「俺、いってくる!」

「いってくる、って‥おい、ジロー!」



制止しようとする亮の言葉は、俺の耳には届かなかった

ただ、ひたすらに足を動かして、名前の元へ走る

今の気持ちを伝えられるのは今しかない

そう、思ったから

勢いよく名前のクラスの教室の前扉を引き開ける

クラス中の視線が俺に注がれたけど、俺が欲しいのは一つだけ

その一つを、必死に探す



「名前!、」

『え、なん‥で、ジロー?』

「俺、名前のこと、‥すっげー尊敬してる、だから、」



俺の視線が、求めていたそれとぶつかる

明らかに驚いた表情の名前なんておかまいなし

走ってきたせいで途切れる呼吸も気にしないで、俺は言葉を続ける



「俺、待ってる、から‥いって、らっしゃい」

『ジロー‥‥』



俺の気持ちが伝わったような気がしたのは、名前の瞳がちょっと潤んだから

そんな名前を見て、照れくささと満足感から思わず笑みがこぼれる

と、その時

何とも言えない渋い咳払いが、俺と名前の間を割って入った



「芥川、ラブラブなのは結構だが今は授業中だ」



その瞬間、クラス中に笑いが起こる

名前が真っ赤になる顔を必死に両手で押さえてる

それを見て、ちょっと申し訳なく思ったから、教壇にいる呆れ顔の先生に軽く頭を下げてみた



「は、恥ずかC‥」



お邪魔しました、と名前のクラスを抜け出して

一目散に自分のクラスへと向かう

うちのクラスは自習の時間

俺が教室に入っても誰も見向きもせず、世間話に夢中になってる

俺が席に座ると、前の席の亮がそれに気付いて振り向く



「おかえり、ジロー」

「ただいま、亮」



俺の顔に満足とでも出てたのか、亮は笑ってそれ以外俺に何も言おうとはしなかった

走って火照った体を冷まそうと、横にある窓を勢いよく開ける

昼下がりの気持ちいい風に、俺は静かに目を閉じた


















(君に、エールを!)



back
- ナノ -