『‥‥‥た‥‥く‥』

『‥‥くた‥く‥、‥きて‥』



夢の中に響く、聞き慣れない声

強くも弱くもない声色が、やけに心地いい



『芥川くん』

「‥‥んが?」



何度も俺の名前を呼ぶその声に、なんとか意識を取り戻す

目を開けると、もみの木と見知らぬ女のコ

なんか、すっげー穏やかな顔でこっちを見てる



『お昼休み、終わったよ』



その言葉に、さっきまでの記憶がぼんやりと思い出される

確か、昼休みにいつものように足を運んだ中庭

俺のお気に入りの場所にこのコがいて

膝枕気持ちよさそうって思って‥‥



(って、俺ただの変質者じゃん)



気付いたら膝枕させられてた、なんて驚かないわけない

まだボーッとする頭を無理矢理起こして、女のコに向き合うように座り直す



「あ〜、えっと‥‥」

『‥‥?』

「お借り、しました」

『は、はぁ‥‥』



ぺこ、と頭を下げてみる

女のコは訳が分からないといったように、俺につられて小さく頭を下げた



(それにしても‥‥)

(気持ちよかったな‥、膝枕)



まだ重い瞼を必死にこじ開けながら、ぼんやりとさっきまでの感覚に酔う

こんなに熟睡できたのは、久しぶり



(女のコって、いいなぁ)



そう思いながら、目の前の女のコを眺める

彼女は携帯を手に、何やらメールを打っているようだった

なんとなく自分の携帯に目をやると、今の時刻を知らせる表示

その瞬間、背筋に汗が流れていったような気がした



(や、っちまった‥‥)



一気に頭の中に充満したのは、とてつもない罪悪感

今の時間って5時間目中

そういや、さっき このコ『お昼休み終わったよ』って言ってた

一人でサボるならともかく、他人をも巻き込んでしまった

しかも、授業をサボるなんて普段はしなさそうな、知らない女のコ

彼女が携帯を置いたのを見計らって、足を組み直して正座の姿勢



「まじまじゴメン!」

『え?』

「授業、出れなくして‥‥とにかく、本っ当にゴメン!」



なんかもう、ただがむしゃらに頭を下げる

すると、後頭部に ぽん、と軽い衝撃

恐る恐る目線を上げると、それが女のコの手だって分かった



『うちのクラス、自習だって』



だから大丈夫、と女のコはふんわりと笑って俺の頭を撫でる

その優しい手つきに、身体中の緊張がほぐれてくのを感じた



(どこのクラスなんだろ)



ふと、頭に浮かぶ疑問

上履きの学年色が俺と同じだから、きっと3年生

でも、あんま見たことない



「オメェ、名前なんていうの?クラスは?」

『あ、3Gの名字名前です』

「俺、3Cの芥川慈郎!よろしく、名前ちゃんっ」



こちらこそよろしく、とはにかむ名前ちゃん

その笑顔が、木漏れ日に照らされてキラキラと輝く

授業中の中庭は しん、と静まり返ってて

そよ風が揺らす葉っぱの擦れ合う音が、たまに聞こえるだけ

なんつーか、ここ全体マイナスイオンで溢れてる感じ





それから俺たちは色んなことを話した

クラスのこと、部活のこと、授業のこと

5時間目の終わりを告げるチャイムが鳴る頃には、もう名前ちゃんの色んなことを知り尽くしたような気がした



『じゃあ、私そろそろ行くね』



そう言って、名前ちゃんがその場に立ち上がってスカートのシワを伸ばす

本を手にとり、にっこり笑う名前ちゃんから何故か目が離せなくて



「また、ここで会お?」



そんなことを、思わず口に出しちゃった

名前ちゃんも一瞬驚いたけど、すぐ笑顔に戻って一度だけ大きく頷いてくれて

そして、教室のある校舎に向かって走ってった



(名前ちゃんの膝枕、楽しみだC)



ふと空を見上げたら、雲一つない青空

今日の中庭はいつにも増して明るいような気がした






















(明日も、来るのかな?)


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