都大会当日

見事な晴天に恵まれた試合会場には、各校のジャージや制服が色もとりどりに溢れている

もう決勝戦に近付いているせいか、会場に居る人たちの熱気も凄まじい



(どこのコート、かな)



大会規模が大きいだけに、会場も比例して大きくなる

多数あるコートから、目的のコートを探し当てるのも骨が折れる

唯一の手掛かりは、見覚えのある白とブルーグレーのあのジャージ



(あ、あれ氷帝の人だ)



芝生の木陰に横たわる影は、そのジャージを身にまとった金髪の少年

背中のリュックから突き出たラケットのグリップから見ると、彼もテニス部員の一人なのだろう



『あの〜‥‥』

「ぐー‥‥‥」

『‥‥寝てましたか』



コートを尋ねようと近付いたものの、聞こえてきたのは規則正しい寝息

結局ふりだしか、と吐いた溜め息もその寝息へと吸い込まれていく



(他に氷帝の人見当たらないし‥‥)



そのうち少年が目を覚ましたら案内してもらおう、と少年の隣の芝生に腰を下ろした



芽吹きはじめた新緑が造る木陰は、日向よりも幾分か涼しい

どこからか吹くそよ風に柔らかく揺れる少年の髪を、木漏れ日がキラキラと輝かせている



(きっと、天使ってこんな感じなんだろうなぁ)



柄にもないことを考えたもんだ、と自分に向けてくすっと笑う

思えば、こんなにゆったりとした時間を過ごすのは久しぶり

「たまには気分転換に」

そう言ってテニス部の友達から試合観戦に誘われたものの、正直、テニスのルールはよく分からない

熱い陽射しの中で立っているよりも、今の時間の方がよっぽど有意義に思える



遠くから聞こえてくる試合の応援と、隣で眠る天使(仮)の寝息をBGMに

目を閉じて、緑色をした風の匂いを肺いっぱい吸い込んだ

それだけで身体中が浄化された気分

一息ついて目を開けると、さっきまでは居なかったはずの男の子が目の前に立っていたのには少し驚かされた



(確か、彼は‥‥‥)



記憶の糸を必死に手繰り寄せて、目の前の人物の名前を思い出す



『‥‥B組の、樺地くん?』

「ウス」



彼は短くそう言って頷き、未だ夢の中にいる天使に視線を落とした

もしかしたら天使を迎えにきたのかもしれない



『あ、あの、樺地くん』

「ウス」

『これから試合、だったり?』

「ウス」



そんな単調で一方通行な会話の末、コートまで案内してもらうことになった

どうやら、まだ5位決定戦は1試合目が始まったばかりで、彼はそろそろ試合を迎える天使を探しにきたらしい

ちなみに彼は2試合目にダブルスで、天使は3試合目のシングルスに出るとか‥‥

よく分からないけど、頑張ってほしいと心から思う



先程の芝生から数百メートル歩いたところで、聞き慣れた応援と見慣れたジャージの集団に気付く

今はまだ1試合目の途中

だけど、得点板の数字を見る限り氷帝の状況が劣勢であることは、テニス初心者にも容易に理解できた

思わず握りしめた拳に、力が入る



「先輩、起きてください」



樺地くんは肩に担いでいた天使を地面に下ろし、天使の身体を揺すりながら声をかける

「先輩」という響きに、天使が3年生であることを知る

天使は低く唸りながらも目を擦り、ようやく眠りから覚めたようだった

天使の瞳が開かれるのを、ようやくここで初めて見る



「おはよー、樺地」

「ウス」


欠伸をしながら、目覚めの挨拶

まだ少し眠そうな顔と声に、思わず笑いが込み上げる

そのとき、天使の瞳がこちらを捕らえたのが分かった



「‥‥あれ、オメェ‥」

『は、はい‥‥?』



呟くように発せられた言葉に内心びくびくしながら、天使の挙動を見守る

彼はといえば、眉間に皺を寄せじっとこちらを見つめている

蛇に睨まれた蛙になったような感覚



「‥‥‥誰?」

『あ、いえ、私は部外者で‥‥』



天使の一言に、それまでの変な緊張が一気に身体から抜けていく

情けない声で短く、そう告げるのが精一杯だった



「‥‥2年の、名字名前さん‥‥です」

「‥‥樺地の知り合い?」

「ウス」



樺地くんが紹介してくれたことも意外だけど、天使がそれに食いついてきたことにも若干驚いた

もう一度こちらに向けられた天使の視線に、思わず会釈を返す

天使はそれを見ると、開ききってない瞳でにっこりと微笑んだ



(笑顔も、天使みたい)



ぼんやりとそんなことを考えていると、天使が口を開いた



「名前ちゃん、俺の試合見てってよ」

『え?あ、はい』

「俺ぜってー勝つからさっ」



テニスには相当の自信があるのか、可愛らしい笑顔で天使が言う

そんな笑顔で言われて「テニスのルール知らない」なんて言えずに、とりあえず肯定の言葉を返す

それに満足したのか、天使は再び微笑みを浮かべ勢いよくその場に立ち上がる



「あ、そういや俺、芥川慈郎!」

『芥川、先輩‥‥ですか』



初めて聞いた、天使の名前

確かめるように繰り返すも、天使――芥川先輩は不満そうに唇を尖らせている



「ジローって呼んで!」



そう言って、天使はフェンスの内側へと走っていった

そろそろ3試合目が始まる様子

樺地くんが出た2試合目は氷帝が制したようだった

試合の行方も気になるけど、それよりジロー先輩の動き一つ一つに見入ってしまっている自分に気付いた、その瞬間



(天使の矢に心を射たれたんだ)



視線の先には、コート上を無邪気に舞う天使の姿

一人で、そう確信した





















(恋の矢って、強力だ)



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