来週から始まる中間テスト

流石にそろそろ勉強しないとまずいってことで放課後、図書室に来てみたら



(‥‥あ、)



図書室の机の角の席にある、見慣れた後ろ姿

襟足の長い黒髪が煩わしそうな首元を猫を持ち上げるみたいに軽くつまむと、瞬間その肩がびくっと震える

そのあと度のない眼鏡の奥、2つの瞳が私に焦点を合わせる



「あほ、驚いたわ」

『こっちこそ、何で居るの?』

「図書室は読書するとこやろ?」



可笑しそうに笑う侑士の手元に目を落とすと1冊の本、しかもそれは全部英語で書かれていて分厚い

その本が試験に関係あるのかとも考えたけど侑士のこと、わざわざ図書室で勉強するやつじゃない

全く来週からテストだと言うのに余裕綽々な侑士は無意識だろうけどムカつく



「そういう名前は?何してん」

『見て分かるでしょ、テスト勉強』

「あー、来週か」



呑気に間延びした低い声が人気のない図書室に響く

立ちっぱなしが足にきたので侑士の隣の席に腰を下ろすと、侑士が少し眉尻を下げて笑った

私が手に持ってた数学の参考書とノートを机の上に置くと、横から伸びてきた綺麗な指がページをパラパラ、と捲る



「なんや、全然範囲終わってへんやん」

『これからやるんですー』

「‥範囲、ここまでやで?」



そう言って目の前でまたパラパラと軽快に捲られる問題集は、さっきより遥かに先のページを開かれた

正直そんなに範囲が広いとは想定してなかった私を見て、侑士は頬杖をついて優しい目をして笑う

普段ならきっと胸キュンなそんな侑士の仕草も、テストを目前に荒んだ私にはもはや嫌味にしか見えないのが悔しい



「何なら教えたろか?」

『いいよ、自分の勉強あるでしょ』

「俺もう範囲終わっとるもん」



次は100点確実やな、と自信満々な台詞をいとも簡単に吐き捨てる目の前の眼鏡野郎が酷く憎い

そこでやっと、数学はこいつの得意中の得意科目で前回のテストで学年2位の実力者だったことを思い出す

ここで楯突いて見放されるよりも泣きついて助けを乞う方が賢い選択だとは思う、不本意ながら

こうして人間は上手く世を渡っていく術を知るのだ、と思い耽っていると隣から結構強めのチョップをお見舞いされた

いや、結構リアルに痛いんですけど



「こら、帰ってこんかい」

『‥教えてください、お願いします』

「ま、分かっとると思うけど」



頬杖ついたままの侑士の、ニヤリと口の端を上げて笑うその顔を形容するなら"いやらしい"

あの目は何か企んでるとしか思えない、っていうか全然心閉ざせてない

氷帝の天才が聞いて呆れるってもんだ、って目で睨んでやったら更にニッコリ笑われた



『‥お金?それとも物?』

「あほ、そんなもんちゃうわ」

『じゃあ何をお求めで?』



そう尋ねると少し間を置いた後、何か思いついたように侑士がおもむろに私のペンケースからペンを一本取り出す

それから目の前に開かれてる問題集のページの隅に何かを書き込んで、得意気に私に見せてくる

そこに目をやると何だかあられもない単語が綺麗な文字で書かれてて、思わず侑士を見上げると奴はまたその綺麗な顔を歪めてニヤリと笑った



『‥あんたアホでしょ』

「アホちゃうよ、健全な男の子」

『あ!しかもボールペンで書きやがった!』

「ほな、そういうことで?」

『よくない!』



結局その日は、何度も肩に回される侑士の手を払いのけながら勉強することにした
















(絶対、頼るもんか!)



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