(あ、降ってきた)



さっきまで照りつけていた真夏の太陽

気付けば厚い雲の向こうに隠れ

大粒の雨が、激しく地面を打ちつける



(ついてないなぁ‥)



傘は持っていた、さっきまで

乗ってきた電車内に置き忘れてしまい

改札を抜けた先は、激しい雨

結構お気に入りの傘だっただけに

なくした時のショックも、大きい



(すごい雨‥)



今しがた降りだしたばかりの雨は

勢いが激しく、当分止む気配はない

これだけのために新しい傘を買うのも億劫で

駅の出口で、雨の行方をぼんやりと眺める



「名前やん、何してん?」



突然、後ろからかけられた声

その聞き覚えのある重低音に振り向くと

見覚えのある人物が、目の前に立っていた



『ん〜‥雨宿り?』

「何や、傘持ってへんの?」

『今頃、電車で新宿向かってる』

「あらま、そら難儀なこっちゃなぁ」



ドンマイ、と付け足して

私の頭をぽんぽん、と撫でる侑士の手

その手から、侑士の優しさが伝わってきて

少し、くすぐったい気持ち



「入れたろか?送るし」

『いいの?ありがと』

「その代わり、高くつくで」

『はいはい』



ぽん、と開く傘は深緑

雨で白ける景色に、広がったその色は

やけに鮮やかに、映える



『侑士、部活帰り?』

「せやで、名前は?」

『図書館に本、借りに』

「真面目やなぁ」



でしょ、とおどけて見せると

アホ、と笑う侑士

侑士の傘の下に滑り込むと

自然と、距離が縮まる

触れるか、触れないかの距離



「ほら、もうちょい入らんと濡れるで」

『え、あ、‥うん』



突然、引き寄せられた肩

白の中の深緑が、広がっていく

それは、いつしか

全ての白を覆い尽くして、離さない



『止まないね、雨』

「むしろ強なっとるで」

『確かに』



更に激しさを増した雨音は

周囲の音を全て飲み込む

傘の下が、周囲から遮断されて

二人だけの空間、みたい



『あ‥うち、ここ』

「へぇ、立派な家やなぁ」

『ありがとね、送ってくれて』

「どういたしまして」



玄関先で止まる、足

深緑の中から踏み出せないのは

私の白を、染めてほしいから

この感情が何か、分からないほど

真っ白な私を、その色で強く、深く



『侑士、あの‥』

「‥先に言うとくけどな、」

『え、‥‥?』

「好きでもない奴を家まで送るほど、俺、お人好しとちゃうで」



侑士の頬に、薄紅が広がる

瞬きしたら消えてしまいそうな、それは

私の白に、小さな染みを作っていく

さらに、侑士の言葉が深緑になって

私の白を、じわじわと染めていく



『‥良かったら、お茶でも』



その傘が閉じられても、なお

白は深緑に染まったまま

いっそ自分も深緑になればいい、と

そんなことを思った



















(初めて知った、その色で)



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