『侑士、今日どこ行く?』

「あ、スポーツショップ寄ってってもええか?」



今日は、放課後デートの日

テニス部が、平日で唯一オフになる水曜日

そんな日でも、侑士の頭の中はテニスでいっぱい

聞けば、「グリップを新しくしたい」そうで

テニスをあまり知らない私にはよく分からない

けど、侑士が言うからには大切なことなんだろう



『ここらへんにあった?スポーツショップなんて』

「3つ先の駅に、俺の行きつけのとこがあんねん」

『遠っ!!』

「まぁまぁ、何か奢ったるから」

『‥じゃあ、行く』



本当は奢ってもらわなくても、

侑士の行きたいところなら何処でもついていく

だけど、侑士が私を子ども扱いするように

頭をぽんぽん、と撫でるから

意地でも奢らせてやろう、と思った

校門をくぐり抜け、最寄りの駅までの道を歩く



『侑士、ラケット何本持ってるの?』

「今使っとるんは3本やな」

『ふーん‥、やっぱそれぞれ何か違うの?』

「まぁ、軽さとか面の大きさとか‥シングルスかダブルスかで変えたりもすんねんで」



スゴいやろ、と自慢げに侑士が語る

実際、侑士がスゴいのかはともかく

何か一つのことに熱中できるってところは

尊敬できる、と思う



『侑士、テニス、好き?』

「好きやで、サゴシキズシと同じくらい」



前に従兄弟が買ってきてくれたっていう侑士の好物、サゴシキズシ

それを食べてる侑士は、すごく幸せそうだった

それと同じくらいってことは相当、テニス好きなんだ

じゃあ‥‥‥



『私とテニスなら、どっちが好き?』



ふと、浮かんだ疑問

侑士は一瞬だけ驚いた顔

そして顎に手を当てて、何かを考え始めた

侑士の一番好きなもの、って

そういえばあんまり聞いたことない



「‥難しい質問やな」



散々悩んだ挙句、侑士がぽつりと呟いた言葉

彼女としては選んでほしい気もしたけど

侑士からテニスを取ったら何も残らないような気もして

確かに無茶な質問だった、と反省

もし、ここで即答されていたなら

どちらの答えにしろ、侑士のことをちょっと軽視してたと思う

侑士が真剣に向き合ってくれてることが、嬉しい



「ただな、一つだけ言えるんは、」

「どっちも俺の生き甲斐、っちゅーこっちゃ」



突然、侑士が私の顔を覗きこんで

吐息混じりに囁いてきたもんだから

反射的に、侑士から顔を背けてしまう

生き甲斐なら、もうちょっと丁寧に扱ってほしい

危うくオーバーヒートするところだったじゃない



『‥どうも』

「素直やないなぁ、こっち向き?名前」

『やだ』

「向かんと、ちゅーしてまうで」

『向けばいいんでしょ、向けば』

「向いても、するんやけどな」

『え、ちょっ‥‥』



優しく触れた唇からは

侑士の気持ちが伝わってきた



「名前、ずっとそばに居ってな」

『あほ』



満足そうな侑士の頭に、無言で一発ツッコミを入れる

侑士は「痛いわ〜」とか言いながら笑っていて

私まで、思わずつられて笑い出す



『侑士だって、私の生き甲斐なんだからね』



テニスより、サゴシキズシより、

上じゃなくたって構わない

ただ、侑士が生きていく中で

少しでも、必要なものになれてるなら、それでいい



「ほな行くで、名前」

『え?電車乗らないの?』

「グリップは今度でええわ、今日はまったりしよ」

『はぁ、‥‥?』

「俺、名前が居らんと生きていけんからな」

『‥もしや、』

「生き甲斐、感じさせてや?」




















(貴方が居なきゃ、何もできない)



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