『こんばんは、謙也せんせー』
「お、よう来たなぁ名前ちゃん」


声をかけたら度の薄い眼鏡を外してこっちを向く。毎週通ってる整形外科の謙也先生は、いつも優しく迎えてくれる。


「調子はどないや?」
『まぁまぁ、最近痛くないし』
「ん、そらええ事やんな」


ベッドの縁に座って左足を先生の方に投げ出したら、先生が診療してくれる。最近は薬を飲まなくてもいいくらい調子がいい。

練習中に足を大袈裟に捻ったせいで部活にはしばらく出れてないけど、その代わり先生に会えるからいいかなぁなんて言うのは秘密の下心。


「‥何かあったん?」
『え‥?』
「や、名前ちゃん今日元気あらへんから」
『‥そんなこと、』
「あるやろ、俺で良かったら聞かして?」


「な?」って笑って頭を撫でる先生の手がまた優しくて、泣きそうになる。

分かってる。自分の足が治りかけてることも、いくら謙也先生に会いたくても怪我が治ったら会いにこれないことも。そう思ったら、ちょっと寂しいだけ。そんなの言えるわけないから、ぎゅっと唇を閉じるしかできない。


「まぁ、無理にとは言わへんけど」
『‥うん、ありがと先生』
「せやけどアレやで、不満なら我慢せんと言いや?」
『不満‥強いて言うなら先生の、その優しさかな』
「‥はは、何やねんソレ」


眉尻を下げて困ったように笑う先生。これくらいのワガママは許してくれるって知ってる。いつだって謙也先生は、私のワガママを許してくれたから。年下の私のことを可愛がってくれてるのは分かるし、それは素直に嬉しい。だけど、それだけじゃ満足できない自分が居るのも事実。


「‥名前ちゃん、あんな」
『なに?先生』
「俺、君に言わなアカンことあんねん」


謙也先生は、自分の机に片肘をついてこめかみ辺りの髪をくるくる弄ってる。何だろう、先生が言おうとしてることが全く分からない。別に真剣な雰囲気でもなければ、甘い雰囲気でもない。ただ私には、謙也先生の顔を真っ直ぐ見据えるしか出来ない。


「実はな、言いにくいんやけど」
『うん』
「‥名前ちゃんの足、とっくの昔に治ってんねん」
『うん、‥‥はぁ?』


我ながら何処から出たのか分かんないような声が出た。ちょっと待って。確かに最近は歩いても痛くないくらいに回復したと思ってた、けど。

でも先週もその前も、先生は笑って「また来週」って言ってた。それってどういうこと?


『ちょ、それって‥』
「俺が、名前ちゃんに毎週とんだ無駄足踏ませとったっちゅー話」
『そんなの、何のために‥?』
「そんなん決まっとるやんか、」


先生の言葉の意味が分からないまま、頭の中がぐるぐる回る。だから、椅子から立ち上がった先生が自分の隣に座ったのにも気付かないうちに、すっぽり抱き締められてた。こんなの、ますます分からなくなる。


「名前ちゃんに会いたかってん、毎週」
『せ、んせ‥?』
「デートもろくに誘えんと、こない方法でしか会われへんなんて情けないんやけどなぁ‥」


溜め息混じりに呟く謙也先生の声が心なしか震えてるような気がして、思わずその背中に手を回す。先生の背中は大きいのに何だか可愛い、なんて言ったら怒られるかな。でも、それしか言い様がない。


「せやから俺、今日こそ名前ちゃんに言おう思ててん」


せっかく足は治ったのに他のところが苦しくなったのは、次の謙也先生の甘い言葉のせい。










もし、彼が医者だったら
(ところで診療費は?)(元から貰ってへんで)



―――

謙也が医者だったら。
整形外科医にしたのは、内科や外科よりも謙也っぽいなぁと思ったからです。やっぱりスポーツやってることもあるので^^ちなみに侑士は聴診器使いたいがために内科行きそう笑


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