「なぁ、ここ空いとる?」


わいわい賑わう同期たちとの飲み会。長い長い研修帰りだっていうのに、よくもまぁあんなに騒げるもんだと思う。体力減ったのか、賑やかな輪に入る元気もなくて隅で仲のいい友達とまったり飲んでいた。


「あれ、忍足じゃん」
「もう向こうのコール終わったの?」
「ホンマもう‥キリないねんアイツら!」


隙見て逃げてきたわ、とグラスを持って笑う忍足くんが私の隣に腰を下ろす。さりげなく距離をとったのは、本人には気付かれてないみたいで一安心。

一緒に飲んでいた子たちは忍足くんの言葉に笑ってるけど、これは確実に私にとっては笑えない状況。


「‥あれ、名字さん飲んどる?」
『へ?‥あ、うん、』
「そうかぁ?もっと飲まな!」
「コラ忍足、あんまお前のペースに乗せんなよ」
「ええやん、名字さんも明日休みやろ?」
『う、まぁ、そうだけど‥』
「よっしゃ決まりや!ほら、グラス」


忍足くんのテンポについていけず断れないまま、手の中のグラスにはみるみるうちにビールが注がれていく。別にビールは嫌いじゃないけど、こんな環境で飲むなんて確実に肝臓に悪い。

周りの子たちのグラスにビールが行き渡ったところで、今日何回目かの乾杯をした。


「‥っぷはー!やっぱ美味いな!」
「幸せなヤツだな、それ何杯目だよ」
「えー?そんなん数えてへんわぁ」
「忍足くんってお酒強いの〜?」
「まぁ人並みっちゅーとこやな、‥名字さんは?」


適当に相槌を打ちながらビールを味わってたら、急に忍足くんに話を振られる。危ない、いきなりすぎてスーツにビール溢すところだった。慌てて口許をおしぼりで押さえたから間に合ったけど。

何だって、彼はこんなに顔を近付けて話しかけてくるんだろう。声なら十分聞こえてるのに。


『私は‥ちょっと弱い、かも』
「あ、確かにちょお顔赤いもんな」
『‥‥っ!』
「ちょ、忍足それセクハラだぞー」
「おっと、そらアカン!まだ入ったばっかやのに」


ダメ、忍足くんの隣は心臓に悪い。軽く頬っぺたを撫でられただけで、さっきまでと比較にならないくらいバクバクしてる。顔、赤くなってないかな。


『‥ちょっと、お手洗い行ってくるね』
「名前、大丈夫?」
『全然平気、‥あっち?』
「そう、そこ出て左」
『ありがと』


ちょっと一旦頭を冷やそうと思って、席を離れて個室を出た。少しでも忍足くんから離れればきっと冷静になれるはず。

‥そう思った、のに。


「名字さん」
『わっ、‥びっくりしたぁ』
「はは、すまんすまん」


まだ席で飲んでるはずの忍足くんが、いつの間にかすぐ後ろに居た。ああ、足の速さには自信があるんだっけ、とかそんなのはどうでもいい。


「‥な、ちょお外出ぇへん?」
『え、でも‥』
「酔い冷まし、アイツらにも言うといたし」


な?って手首を掴まれたら、もう何にも言えなくなる。これじゃ、頭を冷やすどころか完璧に逆効果。

お店の外に出て、ガードレールに腰掛ける忍足くん。少しネクタイを緩めて夜風に目を細める姿なんて、直視できなくて思わず目を伏せる。


「‥なぁ、覚えとる?俺のこと」
『え‥』
「就活んとき会ってんで、俺ら」


いきなり切り出された話、それは忘れもしない1年くらい前のこと。この会社の選考で同じグループになって、すっかり意気投合して。でももう大分経ってるのに、まさか忍足くんも覚えてたなんて。


「俺、あの後めっちゃ後悔してん‥連絡先聞かんとバイバイしてもうたから」
『‥うん』
「せやからな、入社式んとき名字さん見つけてめっちゃ嬉しかったねん‥ホンマ」


私が今までずっと思ってたことを、忍足くんの口が紡いでいく。照れ臭そうに笑う忍足くんを見てると、その言葉は酔って出たような冗談じゃないんだって分かる。


『‥私も、同じこと考えてたよ』
「え‥それ、ホンマ?」
『うん、また忍足くんに会いたいなって思ってたから』
「そんなん‥自惚れてまうで、俺」


忍足くんが、うなじに手を当ててポツリと呟く。自惚れてくれていいのに、なんて言えないから、その少し痛んでる髪をくしゃりと撫でてみる。忍足くんは一瞬驚いた顔をしてから、また元の笑顔に戻った。

ああ、1年前からずっと好きだった忍足くんがこんなにすぐ手の届く距離にいるなんて。


『‥好きです、忍足くん』
「俺もやっちゅーねん‥付き合うてくれる?」
『私で良ければ、‥ぜひ?』
「コラ、何で疑問形やねん」


全然痛くない突っ込みから引き寄せられて、交わしたキスはアルコールの匂い。それだけで酔えそうな、ふわふわする感覚。


「‥明日自分休みやったよな」
『え、あ‥うん』
「ほなこの後、2人で飲みいかへん?」
『忍足くん、それって‥』
「あ、ちゃうちゃう!変な意味ちゃうでホンマに!信じて!」
『‥なら、別にいいけど』
「よっしゃ‥ほな、ぼちぼち戻ろか」
『ん、そうだね』


繋がれた手が熱いけど、それがどっちの熱なのかは分からない。お互いの1年分の気持ちは今日だけじゃ伝えきれないくらいだって、信じてもいいのかな。

その後、席に戻ったらみんなに色々聞かれたけど、笑顔でノーコメントを突き通した。










もし、彼が新入社員だったら
(も、もうアカン、飲めへん)(まだ熱燗2本目だよ忍足くん)



―――


謙也が会社員になったら。

もし医者にならなかったら(なれなかったら)謙也は商社マンになるんじゃないかなぁと。商社に入った知り合いに聞いたら、「商社マンは軽い」って言ってたので謙也も比較的軽めにしてみました。ふわっふわです。あれ、これ謙也じゃない‥??笑

そして実は謙也よりお酒に強いヒロイン。最初、弱いって言ったのは猫被ってただけっていう。笑 2人がこの後どうしたかはご想像にお任せ^^


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