『お誕生日おめでとう、‥景吾さん』


煌びやかなシャンデリアに照らされて、豪華にアレンジされた花々が生き生きと輝く。一体全体、何故自分が今この場に居るのか、未だに理解できていないけれど、それでも言うべきだろう言葉は勝手に口から出てくるから不思議なもので。

私の言葉を聞いて、テーブルの真正面に座る当の本人は至極ご満悦そうな笑みを浮かべている。‥いや、とても楽しんでいると言った方が正しいのかもしれない。


「随分と不服そうじゃねえか、名前」
『不服だなんて滅相もない、こうして面と向かってお祝いできるなんて身に余る光栄だわ』
「ハッ、そう身構えるなよ」


そんなことを言われても、ここに来た経緯を思い返したら身構えたくもなるというもの。いつも通り大学の授業を終えて帰る途中、正門前に黒塗りの高級車が止まっていた。その横を通り過ぎようと思った矢先、車から景吾が降りてきて一言。


「俺様の誕生日だ、祝え」


そこからは拒否する間もないまま、車に乗せられて景吾のお屋敷に連れられ、身支度を整えさせられて今に至る。横柄な俺様気質はいくつ歳を重ねても変わらない、どころか年々エスカレートしている気さえする。

用意された深紅のイブニングドレスは景吾様のお見立て、と使用人の方に聞かされたけれど、Vネックが結構深めなおかげで何というか‥胸元が落ち着かない。


『‥どういうつもり?』


良くも悪くも夢みたいな現状に、運ばれてきたアミューズに手をつける気にもならなくて、思わず単刀直入な言葉が口をついた。

景吾といえば、目を細めながら相変わらずご機嫌そうな面持ちでこちらを見ていて、私の問い掛けに応える気はさらさらなさそう。


『今年はバースデーパーティーしなかったの?』
「あんなモン、親の自己満足だったからな」
『でも、景吾がその気になれば、お祝いしてくれる人なんてたくさんいるでしょう?』
「その気になれば、‥な」


私の言葉を反芻して、景吾が鼻先で笑う。結局、私から問い掛けたところで、景吾が自身からこの状況について語ろうとしない限り、私が求める答えは得られないのだとやっと気付いた。

そう結論が付けば、私ができることはただ一つ。目の前に並ぶ彩り豊かなお料理を美味しくいただくことだけ。実は今日のお昼はレポートに追われて食べられなかったから、お腹が空いてしょうがなかったんだった。


「名前」
『ん?なに?』
「今日で俺は19になった、来年には成人する」
『そうだね、おめでとう』
「成人すれば、会社の役職に就かせると父も言っている」
『そうなんだ、良かったね』
「その時には、名前、俺と結婚してもらう」
『あー結婚ねぇ、ふんふん‥‥って、ええ?!』


突然耳に飛び込むパワーワードに、口に含んでたスープを危うく吹き出しかけたのを寸でのところで止める。ケッコン、目の前の男は確かにそう言った。顔色も声色も、何一つ変えないまま。

プロポーズにしてはあっさりとしていたけれど、なるほどそうとなればこの待遇にも納得がいく。アポイントなしのサプライズという点も含めて、だ。


『‥イエス、って言うと思ったの?』
「俺がそこまで浅はかな男に見えるのかよ」


はい見えます、なんて言ったらどんな仕返しがくるか分からないから、とりあえず口をつぐんでおく。だったら何で、なんてことだって、どうせ応えてもらえないだろうから、聞かない。

愉しげな表情のままの景吾が徐ろに席を立ったかと思えば、私の背後に回る。振り向こうとしたけれど、そのままで、という真剣な声色に制された。


『‥何これ、』
「分かんねぇのか、ネックレスだ」
『いや、それは流石に分かるけど‥』


視界の底に、小さなダイヤのペンダントトップがちらりと見える。景吾が随分と慣れた手つきでネックレスをつけるものだから、これまでに何人の女性に対してこうしてあげていたのか、無駄に想像しちゃったじゃない。

次の瞬間、ネックレスをつけ終えた景吾の指先が、私の背筋をなぞって降りていく。このドレスのデザインが広く背中が開いているものだったことを思い出すのと、その指先の動きに体がびくりと反応するのはほぼ同時だった。


『ちょ、な、何するの‥?!』
「ククッ‥いい反応するじゃねーの、名前?」
『!‥もう帰る、ごちそうさま』


この場所に留まってはならないと、私の頭の奥で警鐘が鳴り響く。今の動揺した顔なんて見られたら、これ以上どうからかわれるか分かったもんじゃない。

早くこのお屋敷から出たい一心で、勢いよく席を立つ。早く家に帰りたい。そう思った途端、頭の中にはあの2人の顔が真っ先に浮かんだ。


「1年後、迎えにいくから待ってろ」


私を制止することもなく、景吾はそう言った。最後に視界の端に捉えた景吾の顔は、口角を上げて自信満々な表情。

そんな一方的な約束に、何の効力も権限もないんだから。反論の言葉なんか吐き出す余裕すらないまま、応接間への道のりを急いだ。











(もう、何がなんだか分からない)



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忍足家出てこず、すみません‥


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