「昨日はホンっマにスマンかった!」


朝の昇降口。久しぶりに朝会えたと思うたら、このとーり!と両手を合わせて、これでもかとばかりに金色の頭を何度も下げる謙也くん。周りの人の視線も痛いことやし、そろそろこの謝罪攻撃を終わりにしてもらいたいんやけど。


『あの、全然気にしてへんから、ね?』
「せやかて‥俺って奴は‥」
『ええ、そない落ち込まんでも‥』


やっと謝ることをやめてくれたと思うたら、肩を落として項垂れて分かりやすく落ち込んどる。何もそこまで落ち込むことあらへんことなんやけど、謙也くんは何や腑に落ちてへんみたい。

謙也くんが謝っとるんは、昨日の昼休みのこと。職員室に行って用事を済ました後、謙也くんはこないだ私がお願いしたことを思い出したみたいで、やってもうた‥と反省したらしい。


「名前、嫌やったやんな‥ホンマごめん」
『嫌ちゃうし‥っちゅうか、私こそ謝ろうと思ててん』
「謝る?何を?」
『私の言葉で、謙也くんに迷惑かけてもうたから』


私の何気ない一言に対して、こないにも真っ直ぐ向き合うてくれる謙也くん。それやのに、謙也くんのことも考えんとあないなこと言うてもうて、独占欲丸出しな自分が恥ずかしい。

ごめんなさいの言葉と合わせて、深々と頭を下げる。謙也くんほどとはいかへんけど、私の謝罪の気持ち、ちゃんと伝わっとるかな。


「‥名前、ちょおこっち来て」
『うん?って、え、ちょ‥!』


謙也くんの反応があらへんかったから、恐る恐る頭を上げてみたら、不意に謙也くんに手を引かれて急発進。危うくつんのめりそうになったんを怒りたいけど、それよりも今は謙也くんの背中を追いかけるのに必死。まるで風になったみたいに、周りの景色が流れてく。気ぃ抜いたら、多分一瞬で転んでまう。

昇降口から、教室棟と反対側の特別教室棟に向かう謙也くん。登校時間の今はあんまり人通りもあらへんから、廊下はしんと静まり返っとって、謙也くんと私の息遣いと足音しか聞こえへん。


『はぁ、ど、どないしたん、謙也くん』
「あ、スマン‥大丈夫か?名前」
『だい、じょぶ、なんとか」


やっと謙也くんの足が止まったんは、特別教室棟の一番奥にある階段の踊り場。昇降口からやと200メートルもあらへんくらいの距離やったのに、こないにも息切れしとるんは謙也くんのスピードがめっちゃ速かったせいなんやから、少しは息落ち着くまで待っといて。

ようやく呼吸が整ってきたかと思うたら、繋がれたまんまの手を引かれて、謙也くんとの距離が一気に近付いた。何なら、引かれた勢いそのままに、私が謙也くんの胸元に飛び込んだみたいな態勢。近い、っちゅうかむしろゼロ距離。


『え、け、けけ、謙也くん‥?!』
「‥名前がこないだああ言うてくれたん、俺めっちゃ嬉しかってん」


迷惑ちゃうから謝らんといて、と耳元で響く謙也くんの優しい声色。一体、私の言葉のどこに喜んでもらえたんか分からんけど、私の気持ちは一応届いとる‥んやろか。

それよりも、この距離の近さに意識がついていかれへんから、とりあえず今できる精一杯の頷きで、謙也くんの言葉に反応を示す。


「名前だけに優しい男になろう思たんに‥アカンな俺」
『それは‥嬉しいけど、みんなに優しい謙也くんこそ私の好きな謙也くんやと思うねん』
「名前‥‥」
『せやから、こないだの言葉は撤回する‥ホンマごめんね』


私の言葉で謙也くんのええとこを潰しかけたこと、そして謙也くんを振り回してしもたこと。謙也くんは謝るな言うけど、私の気が収まらなくて、つい口から溢れてまう。

いつの間にか背中に回されとった謙也くんの腕に力が入って、更に距離が近付く。私の心臓があんまりにもやかましいから、多分謙也くんにも伝わってもうてる。時折、私のと違う速い鼓動が伝わってくるのは、きっと謙也くんの心音。


「名前‥、おおきに」
『私、お礼言われることしてへんよ?』
「俺には十分過ぎるくらいやねんて」
『そうなんや‥ほな、どういたしまして』
「切り替え早っ!まぁええけど」


あんまり近過ぎて謙也くんの表情は見られへんけど、耳に届く笑い声が心底楽しそうやったから、きっといつものキラキラな笑顔なはず。そう思うたら何や嬉しゅうなって、つい謙也くんの真似して背中に手を回してみたら、さっき追いかけて見たのよりも大きく感じた。


『‥あ、予鈴や』
「よっしゃ、教室まで急ぐで、名前!」
『うん!』










back

- ナノ -