(ええ人ってなんなんやろ‥)


頭ん中でぐるぐる回っとるんは、同じことだらけ。みんなが言う"謙也くんはええ人どまり"っちゅう言葉は、一体彼の何を見て、知って出た言葉なんやろう。

確かに謙也くんはええ人。サッカーボールぶつかってよろけた私を心配して、急いで保健室まで連れてってくれた。頼まれれば仲良しの友達にもなってくれるし、誰にだって優しく辞典も貸してあげる。


(けど、私もそんくらいしか知らへんねんな‥)


優しそう言うたら、こないだ会うた白石くんかて穏やかでええ人そうやった。けど、白石くんのことを"ええ人どまり"なんて言う人は私の知る限り居らへん。2人とも同じくらい爽やかなイケメンやのに、何でこうも周りの人達の見る目が違うんやろか。


「名字はん、担任が呼んどったで」
『ホンマ?おおきに、石田くん』


そないなことを考えてボーッと窓の外を眺めとったら、不意にクラスメイトの石田くんに声をかけられた。あ、そう言えば、石田くんも謙也くんや白石くんと同じ部活やったっけ。石田くんこそええ人の代名詞な気ぃする。


『‥石田くん、ええ人って何やと思う?」
「んー‥優しい、に似とるかもしれへんなぁ。どないしたん?」
『ごめんね、変なこと聞いてもうたね。おおきに』
「かまへんけど、悩みがあるなら言うてな」


聞くだけならできるさかい、と石田くんがいつも通りの穏やかな口調で言うてくれるから、この際このモヤモヤを聞いてもろてもええような気がしてきた。石田くんなら笑わんと聞いてくれるはず。

石田くんを私の隣の席にご招待して、こそこそ話でずーっと考えとるこのモヤモヤを伝えた。ええ人がええ人どまり言われとるんを聞いて、関係あらへんはずの私が何やモヤモヤしてまうこと。ええ人どまりやのうてその向こう側かてある、って私には思えてしゃあないこと。石田くんは、私のまとまりのあらへん話を優しく頷きながら聴いてくれた。


「‥なるほどなぁ、」
『何でみんながええ人どまり言うんか、ホンマ分からんねん‥』
「ケンヤのこと、ええ奴以上に見てくれておおきにな」
『いやそんな‥ってアレ、私、名前言うたっけ?』
「言わんでも分かるわ」
『‥‥後生やから、本人には言わんといてね』
「はは、当たり前や」


仏様の顔で笑う石田くんのことや、今の話、きっと謙也くんには言わんといてくれるはず。そこは絶対的に安心なんやけど、冷静に考えたら今のって、何や私が謙也くんのこと、ええ人以上に好きって言うとるみたいな気ぃしてきた。

いや実際、謙也くんはええ人やし、優しゅうて明るくて、謙也くんの近くに居れたら毎日が楽しそうやな、とは思う。‥これは、私は謙也くんが好きっちゅうことなんやろか。何やよう分からんようなってきた。


「銀ー、教科書おおきにー」


ふと、その時廊下から聞こえてきたんは、まさに今話題にしとった人物の声で、思わず体が固まる。いやいやいや、タイミングが良すぎる通り越して最悪なんちゃうかな、コレ。今、一番見られへん顔ナンバーワンやのに。

そない私の気も知らんと、謙也くんは教室に入ってきたと思うたら石田くんの前に居った。石田くんは私の隣の席に居るから、つまり謙也くんは今、私の斜め前に来とるっちゅうことで。ああ、アカン、恥ずかしゅうて顔が直視できひん‥!


「お、銀と名前なんて珍しい組み合わせやん」
「同じクラスやさかい普通やろ、なぁ名字はん」
『せ、せやで、普通普通!』
「それもそうやな、‥何話してたん?」
「あ、そういや名字はん、担任が呼んどるんやったわ」
『あー!忘れてた、私行ってくるね!ほな!』


石田くんが気を利かせてか、用事を思い出させてくれて、駆け足でその場を去る。流石に不自然やったかな、謙也くん気にしてへんかったらええねんけど。

それにしても、石田くんに話して初めて自分の気持ちに気付くなんて、私ってば鈍感もええとこや。幸い職員室までは少し距離があるから、上がり切った心拍数を落ち着かせながら行こう。


「‥で、名前と何話してたん?銀」
「何や、気になるんか?ケンヤ」
「べ、別に気にしてへんけど、‥何となく」
「大丈夫、ケンヤに悪い話とちゃうで」
「何やそれ、余計気になるっちゅうねん!」










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