「名前〜、ご機嫌やん?」
『え〜、いつも通りやけどなぁ〜』


全然ちゃうやん、なんて痛ないツッコミも今なら甘んじて受けましょう。ご機嫌もご機嫌、忍足くん…やのうて謙也くんとまた一歩お近づきになれて嬉しいねんもん。そら浮かれてまうってもんや。

私の様子を不思議がるどころか気色悪がっとる友達に気付いて、慌ててさっきのお昼休みの出来事を報告。今は次の授業に向けて教室を移動しとるとこ。


「ほぉ〜、お近づきにねぇ‥」
『せやねん、仲良しやろ?』
「名前、謙也くんと付き合うん?」
『えっ?!な、何それ!』
「前に忍足くん、ええ言うてたからさ」


まぁ、確かに言いました。みんなが忍足くんは"ええ人どまり"なんて言うけど、私はそないなことあらへんと思うたから。なんや謙也くんかて、"ええ人"て言われるん嫌やったみたいやし。

せやからって、仲良しイコール恋人にはならへん。ならへんはずやのに、友達の言葉に私の心臓がドキドキ反応してるんは何なんやろ。ビックリした、だけ?


『いや、そら謙也くんはカッコええし、優しいし、おもろいし、見てて飽きひんし、一緒に居って楽しいけど、』
「‥名前、それって‥」
『でも、そんなん友達やって一緒やんな?』


そう、友達。男女の間にかて友情はあるはずや。そんで、私と謙也くんの間にあるんやって、友情に決まっとる。やって"仲良し"なんやもん。それ以上でも、以下でもあらへんねん。


「謙也〜、英語辞典貸して〜」


不意に聞こえたその名前に、思わず声の方を見やる。ああ、私が通っとるんはちょうど2組の教室の前やった。廊下から声を掛けてたんは、名前は知らんけど可愛え女の子。呼び捨てで呼んどるとこからして、きっと彼女も謙也くんと仲良しなんやろう。


「はいはい、ちょお待っときー‥ホイ、これ」
「はっや!これ返すん放課後でもええ?」
「ええでー、俺部活やからロッカーに入れといてや」
「分かった!助かる〜、おおきになぁ」
「おう、寝ぇへんように頑張りやー」


英語辞典を片手に顔を出した謙也くんは、さっきの昼休みに見たときとおんなじキラキラな笑顔。謙也くんは、みんなと仲良うてすごいなぁ。‥なんてそない可愛えこと思える子やったら良かってんけど、実際そうもいかへんみたい。


(‥何やろ、これ)


胸の奥が、ザワザワしとる。謙也くんが誰と仲良うしたって、私には関係あらへんのに。謙也くんは優しいし、おもろいし、見てて飽きひんし、一緒に居って楽しい。けど、私だけやのうて、他の誰がそう思うてても何もおかしないんや。やって、謙也くんはみんなに優しい、ええ人やから。

さっきまで、謙也くんと"仲良し"になれたことを喜んどったんが嘘みたい。今はただ、この場所から早く離れたなって仕方ない。謙也くんに見つからへんうちに、早く。


「‥名前?どないしたん?」
『あ‥ううん、なんでもあらへんよ、行こ』
「せやね、次の授業始まってまうわ」


友達の言葉に背中を押されたように、急ぎ足で2組の教室の前を通り過ぎる。3組、4組と廊下をどんどん進んどったら、7組の教室の前でふとさっき聞いた声が耳に届いて、足を止めた。


「自分、英語辞典忘れた言うてへんかった?」
「あーこれ?謙也に借りてきてん」
「あんたホンマ忍足を便利に使うてるよねぇ」
「人聞き悪いわ、謙也がええ奴やねんて」
「確かに、ホンマええ奴どまりやねんよなぁアイツ」
「あーわかる、ホンマそれー」


きゃはは、と甲高い声で笑うのは、さっき謙也くんに英語辞典を借りてた女の子とその友達。あんなに優しい謙也くんのことを、ああやって笑うなんて酷い。確かに謙也くんはええ人やけど、ええ人どまりなんかやあらへん。その先かて、私には分かる気がする。

女の子達の会話に何ともやりきれへん気持ちだけが胸の中に残って、私は下唇を噛むしかあらへんかった。










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