『お、おはよっ、忍足くん!』
「‥おう」


昨夜は何でか上手いこと寝付けへんかった。そのせいでいつもより早う起きてまうし、やることなすことスピードに乗れへんし、朝からイマイチな日。

そないな日に限って、何やイマイチ会いたない奴とも顔を合わせてまうんやから、ホンマにツイてへん。昨日と同じように、ロクに目も合わせんと通り過ぎようとしたけど、今日は昨日とは違うかった。


「‥え、どないしたん?」
『えっと‥忍足くん、あのね、』


不意に学ランの袖を引っ張られて、思わず足が止まる。引かれた方に目をやったら、伏し目がちに言葉を探す名字さんの姿。何や久し振りにちゃんと顔見た気ぃする。


『あの、頭のこと、お陰様でもう全然平気やから、せやから、』
「あ〜‥うん、良かったな」
『うん、ずっと気にかけてくれててありがとう』


ちょお吃っとるんは緊張しとるんか、それとも慎重に言葉を探しとるんか。どっちにしろ、めっちゃ真剣に話す名字さんの手を、振り払うことは出来ひんかった。

それにしても、元は言うたら俺の不注意で迷惑かけたっちゅうに、逆にお礼言われるなんてどないなこっちゃ。自分の方がよっぽど"ええ奴"なんちゃうん。


『そんで、一つ聞きたいことあるんやけど‥』
「聞きたいこと‥?」
『忍足くん、私のこと、嫌いになったん?』


唐突に切り込まれた質問に、思考回路が一瞬停止。何がどないなったらそないことになるんか考えたら、多分ここ最近の俺の態度なんやろうと合点がいった。

俺が名字さんを嫌いになる理由なんて、逆はあり得ても、それはあらへん。ただ、名字さんも他の女子と同じで、どうせ俺のこと"ええ人止まり"言うてからかうだけなんやと思うたら、何や虚しなっただけ。別に、"ええ人"の先を名字さんに求めとるわけちゃうけど。


『私、何かしてもうたなら謝るから』
「あー、ええねん、気にせんといて」
『や、忍足くんが良くても私がアカンねん』
「何でやねん、ええやろ別に。放っとき」
『良うない、私忍足くんともっと仲良うなりたいもん』


ダメ?言うて首を傾げてくる名字さんに、返す言葉が見つからへん。‥っちゅうか、よう恥ずかしげもなくそない台詞が出てくるもんやな。アカン、言われとるこっちが恥ずかしなってきたやんか。

言い切った本人も、自分の言葉を思い出したんか、頬っぺたがほんのり赤くなっとる。ふと、この子やったら、"ええ人"だけとちゃう俺も受け止めてくれるんやろか、なんて都合ええこと考えたりして。


「‥名字さん、すまんかった」
『え‥?』
「俺も、名字さんと仲良うなりたいんやけど、改めてよろしゅうしたってくれる?」
『‥‥!うん、もちろん!』


"ええ人"っちゅう言葉に振り回されて、勝手に距離を置いとったら世話あらへん。第一、名字さん本人が言うたとこを、俺が聞いたわけでもあらへんのに。アホな虚勢張るんはもう終いにしよ。

俺の言葉に嬉しそうに笑う名字さんを見たら、これまでくだらんこと考えとった自分がアホらしなってもうて、ついつられて笑うてもうた。


『良かった〜、忍足くんがええ人で』
「名字さん、それ、」
『ん?何?』
「俺んこと、"ええ人"言うの禁止な」
『え?うん、わかった』


‥俺の"ええ人"コンプレックスも大概やな。










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