『あ、お‥おはよう忍足くん』


昨日の友達との話の翌日、朝の昇降口で珍しく忍足くんと会った。

ボール直撃事件から、まさかあんな恋バナに仕立て上げられてまうなんて思いもせぇへんかったから、何や意識してもうて忍足くんの顔がまともに見られへん。何も思うてへんのに。


「‥‥おう」


挨拶したくせに目も合わさへん私に呆れたのか、今日の忍足くんはいつもと違う反応。いつもなら出会い頭に頭大丈夫かって畳み掛けてきよるんに、今日は何ちゅうか‥ぶっきらぼう?

その短い返事だけを残して、忍足くんは足早に教室の方へと向こうていった。その背中をぼんやり眺めとったら予鈴が鳴って、何かを考える間もあらへんまんま私も教室に急いだ。


(‥どないしたんやろ)


朝のホームルームも、1時間目の数学も、今朝のことしか考えられへんかった。今朝の忍足くんは、私が知っとる今までの忍足くんとは全然違う別人のようやったから。

件の頭の方も、もう心配せんで大丈夫なことは確かやから、忍足くんに声をかけてもらわんでも何も問題あらへん。忍足くんも、私のことはもう心配せんでええってやっと安心してくれたんかもしれへん。


(せやからって、あんな急に‥?)


気にかかるんは、昨日まで普通やった忍足くんの態度が急によそよそしくなったとこ。いや、忍足くんっちゅう人は、もしかしたら人間関係の切替がめっちゃ早い人なんかもしれへん。きっとそうや、そうに決まっとる。そういうことにしとこ。

ボール直撃事件は、もうただの笑い話。忍足くんと出会う前に戻っただけと思うたら、そない大きいことやない。気付いたら、何かの呪文みたいに、自分にそう言い聞かせとった。


「で、どうなん?進捗は!」
『進捗?何の?』
「またまたぁ〜!忍足くんに決まってるやん!」


あっちゅう間にお昼休み。お弁当を囲んで、待ってましたと言わんばかりに友達が切り込んできよる。

楽しそうにしとる友達には悪いと思いながらも、今朝の出来事と私の見解を話すと、さっきまでの賑わいが嘘みたいに静まり返ってもうた。何か空気読まんとごめん。


「‥なんか私、イラついてきてんけど」
「同じく。何様やねんアイツ」
「ホンマやわ、一発シメにいこか」
『え、いや、ちょ、みんな落ち着こ?』


なんや一気に打倒忍足くんみたいな空気になってもうたのを、何とか沈静させる。みんなが私のことを思うて(なのか、恋バナの話題を奪うてもうたからかは分からへんけど)怒ってくれたんはちょっと嬉しいこと、なんかな?怒ることも別にあらへんねんけども。


「せやけどさ、名前」
『ん?なに?』
「そない気になるんやったら、本人に直接聞いたらええんちゃう?」
『え〜、もうええねんてホンマ』
「もうええ言う顔ちゃうよ、それ」


友達が心配そうに、私の顔を覗き込む。何もあらへんねやから、普段通りの顔のはずやのに。普通に、みんなとお昼ご飯食べて笑うとるだけのつもりなんやけど、私を見るみんなの顔はどれも笑うてへん。‥私、どないな顔しとるんやろ。

フォークに刺したミートボールを、ひとまず口にお出迎えしてみたけど、何も味がせえへんかった。


『‥‥聞いても、ええんかな?』
「ええって!私が許す!」
「私も!」
「応援しとるからね、名前」
『‥うん!ありがと』


みんなに背中を押してもろた途端、ミートボールの後味がようやっと甘く感じられた。

一人でうじうじ考えとってもしゃあないし、今度忍足くんに会えたら伝えてみよう。私のこと心配してくれてありがとうと、それからもう一つ。










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