「はぁ〜‥」
「何やケンヤ、辛気臭いなぁ」


今日の部活もいつも通りにパパッとこなせたし、調子も悪ない。せやのに、ずっと胸の奥でモヤモヤしっぱなしな何かがあって、何や気分が乗らへん。何なんや、もしやスランプっちゅうやつか。

思わず口から漏れた溜め息に白石からツッコミが入って、そこで初めて溜め息ついとったことに気付いた。


「ここんとこ、気分がイマイチ乗らへんねん」
「そうなん?体調悪いんか?」
「いや、そこは全然大丈夫やねんけど」
「まぁせやろな、あんだけ走っとったしな」


ほなどないしたん、て白石が尋ねてきよるけど、それが分かっとったら苦労せぇへんっちゅう話や。とりあえず普段通りにジャージから制服に着替えながら、このモヤモヤの心当たりを探ってみる。

えーと、いつからモヤモヤしとるんやったっけ。昨日やのうて、一昨日でもあらへんし‥アカン、ここ数日の記憶が全くあらへん。記憶喪失か?


「ほな最近変わったこととかは?」
「変わったこと‥?」
「例えば‥せやな、気になる子できたとか」


そない言うた途端にニヤニヤしながら俺に肘でぐりぐりしてくる白石、悪いけどめっちゃ気色悪いで自分。恋バナになった瞬間にニヤけるとか、まるでホンマ女子みたいやんか。


(‥ん?せや、女子言うたら‥)


そこで、ふと、こないだの女の子のことが頭によぎった。こないだ部活オフやった放課後、ユウジらとサッカーしとったときに、俺のシュートを当ててしもた女の子。そない強う蹴ったつもりちゃうかってんけど、その場に座り込んでもうたんを見て慌てて保健室連れて行ったんやったっけ。

そんで、保健室で自己紹介し合うたんやった。確か名前は‥


「名字さん、やったっけ‥」
「おっ?何や、ホンマに女の子やったん?」


思い出しながらぽつりと口にした名前が、うっかり白石にも聞こえてもうたようやった。アカン、俺を見る白石の目がめっちゃキラキラしとる。

名字さんは確かに女の子やけど、気になるとかそういうんちゃうっちゅうこととこないだ俺がしてもうたことを一通り説明したったら、ようやっと白石のキラキラお目々が普通に戻った。


「そういや名字はん言うたら、今日おもろい話してはったで」


白石の好奇心丸出しの視線が収まった思うたんに、銀が割って入ってきよった。ああ、確か名字さんは銀と同じ5組や言うてたな。せやけど、おもろい話なんて単語出したら、白石が反応せぇへんわけあらへんやん。


「何や、謙也がサッカーど下手くそっちゅう話?」
「ちゃうちゃう、ケンヤはええ人や言うてはったわ」
「黙れ白石!‥え、銀、それホンマ?」


ああもう、白石へのツッコミも忙しいっちゅうのに、更に銀が意外なこと言いよるから俺の頭が追っ付かんっちゅー話。ええから白石はいっぺんその口チャックしといてほしい。

あんまりに意外な話題なだけに、うっかり間抜けなトーンで聞き返してもうた。何で、名字さんは俺をええ人やなんて言うてくれとったんやろう。俺、ええことなんて何もしてへんのに。


「ホンマやで、あとな‥」
「あー、アカンでケンヤ、このまんまやとまた"ええ人"止まりやわ」


名字さんが俺のことをええ人て言うてくれとったことは、ホンマやったら嬉しい気もすんねんけど、やっぱり疑問符の方が多いまんま。何で、何で。

モヤモヤする俺に、銀の言葉を遮った白石の言葉が更に追い討ちをかけてきよる。もうホンマ白石ええ加減にせえよ。


「あーもう!名字さんはホンマにそーゆーのんちゃうて!この話はこれで終いや!解散!」


"ええ人"、今聞きたない言葉ナンバーワンや。










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