「ねー謙也ぁ、一緒に写真撮ろー」
「おう、ええでー」


涙と笑いの卒業式を終えて、中学最後のHRもあっちゅう間に過ぎてもうた。あとは夕方からある謝恩会だけやからもう自由時間なんやけど、クラスの誰一人として教室から帰る子は居らん。

卒業アルバムに寄せ書きしたり、記念写真を撮ったり、いつも通りにダベったり。ええクラスだったからこそ、みんな名残惜しいんやろうと思う。もちろん、私もそう思うから用もあらへんのにここに居るわけで。


(写真‥ええなぁ、)


チラリ、横目で覗き見たんは、クラスの女子と楽しげに写真を撮っとる謙也。さすが全国区のテニス部のレギュラーだけあって、学ランのボタンは袖のまで含めて全部無くなっとる。人気者は大変やなぁ。

本当は、どのボタンでもええから、謙也のボタンが欲しかった。今更なことやからしゃあないけど、勢いに任してお願いしとけばよかった、なんて後悔ばかりが押し寄せる。


「なぁ、名前!写真撮ろうや」


突然の呼びかけに、思わず肩が震える。それは紛れもなく今考えてた謙也の声で、気付いた時には謙也が私の前の席に座っとって、一瞬ホンマに瞬間移動してきたんかと思たくらい。

私も謙也と写真を撮りたいと思うてたとこやったから、まさに願ったり叶ったり。謙也はクラスメイトの一人として声掛けてくれただけやろうけど、それでも私は嬉しい。


「ほな行くで〜、はいチーズ」
『‥久しぶりに聞いたわ、その掛け声』
「ええ?!ウソやん」


謙也のスマホに向こうて、カメラ目線。写真を撮るためとは言え、こないに謙也に近付いたんは初めてかもしれへん。緊張、顔に出てへんかったかな。緊張を隠すために突っ込んでみたけど、ちゃんと自然に聞こえたやろか。

私のスマホでも撮ろうとカメラアプリを起動しとったら、何か思い出したように謙也が声を出した。


「あれ、そういや俺ら連絡先交換してへんかったよな?」
『え?あ、うん、そうやね』
「ほなこの機会に、今の写真も送るし」
『あ、うん、おおきに』


あかん。一緒の写真撮れたどころか、連絡先の交換までできてまうなんて、今日はなんてええ日なんやろ。逆に、今日できひんかったらこの先一生できひんかったと思うと、今日まで生きててよかったとさえ思えてまう。

まさかの展開に指の震えを抑えつつ、電話番号とSNSのIDを交換。ホンマはもっと早う知りたかってんけど、今日知れただけでも良しとしとこ。早速、謙也がSNSで今撮った写真を送ってくれたけど、変な顔になってへんかったから一安心。


『ありがとう謙也、ええ思い出できたわ』
「え、‥ああ、俺の方こそおおきに」
『‥‥?どないしたん、謙也』


それまで笑顔だった謙也の表情が、少しだけ曇る。

何かマズいこと言うてもうたかな、と自分の中で反芻してみたら、謙也からしたら"ええ思い出"なんて一クラスメイトから言われても重たいだけやったかもしれへん。あかん、やってもうた。


「‥なぁ、名前」
『な、何?』
「これ、自分に受け取ってほしいねんけど」


さっきより低いトーンで話す謙也から手渡されたのは、なんや見覚えのある金色のボタン。‥これってもしかして、謙也の学ランについとったやつ、なんやろか。突然のことに上手い返しもできんと、思わずボタンに見入る。


「それな、俺の第二ボタンやねん。好きな奴に持っといてほしくて‥いや、いらんかったら後で捨ててくれてええねんけど」


謙也の言葉に、私の思考がついていかへん。謙也の第二ボタンを、謙也の好きな人に持っといてほしいモンを、私に?

これもええ思い出になるやろ?なんて、そない悲しいこと、笑いながら言わんといて。


『‥アホ、一生大事にしたるわ』
「え、名前、それって」
『好きな奴の第二ボタン、捨てるわけあらへんやん』


さっき撮った写真以上に大袈裟な笑顔を向けたったら、謙也に思いっきりハグされて、教室中のクラスメイトからめっちゃ冷やかさ‥いや、祝福されたっちゅうことにしとこ。










思い出になんかさせない
(ちょ、離してよ謙也)(嫌や、絶対離さへん)



ーーー

卒業式が懐かしい‥


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