「合宿?」
『うん、そう、』


箱根に一泊、と付け足す名前は、ユーシお手製の鯖味噌煮を美味しそうに頬張りながら、嬉しそうに話しとる。うん、悔しいけど今日のは確かにユーシにしちゃええ出来や。

卒論のゼミ合宿っちゅうからには部屋にこもって勉強しとるだけなんちゃうかと思うねんけど、それ言うたらそれでもいいの!と名前に一蹴された。よほど楽しみにしとるんやなぁ、名前。


「で?いつから行くん」
『えーとね、来週の月曜』
「ええ?!随分急やんけ」
『先生の都合、そこしか空いてなくて』


そない急な日程でよう空いてる宿あったな、と思わず突っ込んでもうたけど、聞けばその宿は先生の懇意にしとるとこで多少の融通が利くらしい。温泉宿を懇意にしとるなんて、大学教授もなんや隅に置けへんなぁ。

いや、それよりも。ちょお話が急過ぎて頭ついていかれへんねんけど、ゼミの合宿っちゅうことは、もちろん、その、あの。


「もしや名前、それ、男も来るんか?」
『3人いるけど‥それがどうかしたの?』
「いや、別に何もあらへんけど‥」


キョトンと小首を傾げる名前に、つい言葉尻を濁す。嫁入り前のええ年頃の女の子がどこの馬の骨とも知らん男共と一夜を共に過ごすなんて、何かあったっておかしないっちゅーのに名前は全然気にしてへん。危機感はあらへんのか、危機感は。

俺の忠告をうまいこと名前に伝えようと思うても、どうもええ言葉が出てこんと悶々としとったら、後頭部をユーシに叩かれた。痛いわボケ!


「アホ、お前はオトンか」
「何すんねんユーシ!自分は心配ちゃうんか」
「そら多少はな、けど何かあったら俺が駆けつけるから安心しとき」
「はぁ?!ソレどういう‥」
「俺も、名前と同じ日程でサークルの親睦会あんねん、しかも同じ宿」
『えっ、何それ初耳なんだけど!』


せやろなぁ、初めて言うたし。なんて飄々と抜かすユーシと、ユーシの言葉に驚いてテンションが上がっとる名前。日程も宿も一緒なんて偶然にも程あるし、名前が興奮するんも分かる気ぃする。

‥いや、え?ちょお待て、2人して一泊するやて?しかも用件は違うけど日程も一緒で、泊まる宿までぴったり一緒で。


「‥‥もしや、俺1人で留守番?」
「せやな、火の元だけは気ぃつけるんやで」
『冷蔵庫の中身、どれも食べていいからね〜』


何やねん2人して、自分らの方がよっぽどオトンとオカンやないか!自分らは合宿やら親睦会やら楽しそうでええけど、1人で残されるこっちの身にもなってみい。寂しすぎるっちゅー話や!


「俺も箱根行く!」
「お前なぁ‥ガキちゃうねんから」
「ええ〜、せやかて‥」
『なんだ、謙也も箱根行きたかったの?じゃあ今度3人で行こう、ね?』


だから今回は我慢、なんて名前、俺の頭ポンポンしながら言わんといて。いや、頭ポンポンされるんは嫌いちゃうねんけど、この状況でされるんはなんや癪やわ。

今の名前の言葉、その場しのぎの社交辞令のつもりやろけど、俺は聞き逃さへんかったで。俺の頭に乗る名前の手をとって指を絡めて握り返したら、予想外やったんか、名前の肩が少し震えた。


「よし、ほな宿探しとく」
『え、あ、うん、それはそのうち‥』
「いつ頃がええ?名前」
「おいケンヤ、名前は3人でーて言うたんやで、俺も忘れんときや」
「アホ、ここは空気読めや!」
「読むわけあらへんやろボケ」
「何やと?!ちょお表出ぇやユーシ!」
「臨むとこや、勝った方が名前と2人で泊まりな」
「上等や!絶対負けへんで!」
『ちょっと、2人とも何の話してるの?!』










宿
(喧嘩するなら旅行はなし!)(えっ)(えっ)



ー−−

湯けむり編へ続く(嘘)


back
- ナノ -