「ねぇ〜名前お母さんってば〜」
『お母さんじゃないってば!それに、そんなこと無理!』
「ええ〜そこを何とかぁ〜!」


大学生活最後の夏休みも、いつしか後半戦に突入。研究室にこもってるだけじゃつまらないから息抜きしよう、と友達に半ば強引に連れられてきたカフェテリアは人もまばらで、少しくらいの賑やかさは許してくれそうな雰囲気。

カフェテリアの入り口にある自販機でアイスカフェラテを購入し、窓際の席に着いた途端、友達からの突然の“お願い”攻撃を受けて、今に至る。


『いや、あのね?先月合コンで出会って付き合った彼に浮気されて別れて傷心してるってのは、私もとっっっても理解してるよ、』
「そうなの、だからそんな可哀想な私を救うと思って!」
『だからって、何でそこから急に私の同居人を紹介しろって話になるの?!』


減るもんじゃないじゃん、と唇をあからさまに尖らせてむくれる友達。まぁ確かに仰る通り、私としては何も減るものはないけれど。

いきなりの話に頭もついていかなくて、とりあえず手の中のアイスカフェラテを一口。氷抜きにしたからあまり冷たくもなくて、頭を冷やしてくれるほどではなかった。


「ていうかさ、そもそも息子たちって彼女居るの?」


友達が侑士と謙也のことを“息子たち”と呼ぶことに、もうとっくに慣れてしまった自分が怖い。そして、そこから私のことをお母さん扱いするようになったのも、‥もうツッコミ疲れた。

そんな友達から投げられた些細な疑問に、思わず手が止まる。カノジョ。今まで3人で生活してきた中で、そんな単語が会話に出てきたことあったっけ。


『‥うーん、分かんないなぁ』
「え〜なんか女の影とかないの?違う香水の匂いとか」
『ないなぁ、私が気付いてないだけかもしれないけど』


女の子ならまだしも、男の子って恋人の話を自ら進んで話さなそうなイメージ。現に、侑士も謙也も、好みの芸能人の話はするけれど、彼らの身の回りの女の子の話は一切聞いたことがない。

でも、そうか。あれだけのルックスと性格を兼ね備えている2人なんだから、周りの子が放っておくわけもない。そう考えると、ただ私に話していないだけで、2人に恋人が居るとしても何も不思議なことじゃないんだ。


(‥‥あれ、)


そんな当たり前のことを考えていたら、何だか胸の奥で何かがざわざわと騒がしくなるのを感じた。

別に恋人が居たってわざわざ隠すことないのに、言ってくれていいのに。いや、別に敢えて言う必要もないかもしれないけど、教えてくれてたら嬉しかったのに。きっと、従兄弟同士では色々話してるんだろうな。


「‥おーい、名前?」
『あ‥、ごめん、何でもない』
「こっちこそごめん、さっきの聞かなかったことにして」


そういえば私年上派だった、と笑いながらストローを啜る友達。新たな出会いを求めて闘志を燃やす彼女は、とてもたくましく見えた。

ここでふと腕時計に目をやると、だいぶ息抜きに時間を費やしてしまったことに気付く。飲みかけのカフェラテを手に、友達と慌てて研究室に戻った。


(カノジョ、かぁ)


彼女いるの?なんて、侑士と謙也に聞いたら、2人はなんて答えるんだろう。でも、そんなこと、私が聞いていいことなのかな。2人の答えが気になる気もする、けど、気にしちゃいけない気もしてる。

もし、何かの拍子にその問いを尋ねることができたなら、侑士と謙也が気兼ねなく答えてくれるといいな。そんな小さな期待を胸に、私は再び研究室のPCの前に座った。











(てか彼女(仮)に同居してるのバレたら大変だよなぁ‥)



―――

忍足家出せずすみません‥


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