「おー名前!よう似合うとるやん」 「ホンマや、べっぴんさん3割増やんなぁ」 『ありがとう、二人も似合ってるよ』 小さい頃から、浴衣の帯を締めると背筋がシャンとして普段と違う自分になれるような気がしてワクワクする。今では何とか自分で着付けられるのも、ワクワクからくる興味の賜物。‥といっても、文庫結びくらいしかできないけれど。 既に浴衣へ着替えてリビングで待つ二人の前に登場したら、恐れ多くもお褒めの言葉をいただく。それだけで頑張って着た甲斐があるってものだわ。 「ほな、ぼちぼち行こか」 『うん、歩いていけばちょうどいい時間かも』 「よっしゃ!たこ焼き食うで〜」 ソファから立ち上がり、意気揚々と玄関に向かう謙也と侑士の背中を視線で追う。背も高くてガタイもいい二人だから、浴衣姿も想像以上によく似合ってる。 今日の花火大会に二人を誘ったのも、実は二人の浴衣姿を見てみたいと思ったから‥だなんて下心は墓まで持っていく秘密にしよう。万一それがバレたら、二人に茶化されるのは目に見えてる。 「? 名前、早よせんと置いてくで」 「せやで、いくら有料席言うても油断禁物やぞ」 『え、あ、ごめん』 下駄に履き替えて、はやる気持ちを抑えている様子の二人。本格的にイライラさせてしまう前にと、慌てて玄関に向かおうとした、その時。 『うわ、っ‥!』 おおよそ1年ぶりに着た浴衣。着付けられたまでは良かったものの、着た後の所作はすっかり頭から抜けてしまっていた。いつものように走ろうとしたら足がうまく運べなくて、上体だけが思いっきり前方に傾いた。 本当なら、そのまま床とご対面しそうな勢いだったけど、それを回避できたのは謙也が咄嗟に駆け寄って腰を抱きかかえてくれたから。片腕で私の体重を支えられるなんて、流石普段から鍛えてる人は違うわ。 「っと‥大丈夫か?名前」 『あ、うん、ありがと謙也』 「気ぃつけんと、これから人混みん中行くんやし」 『はい、気をつけます‥』 謙也の腕を借りて、態勢と少し崩れた浴衣を整える。鍛えてる割にあまりムキムキしすぎてない謙也の腕は、適度に柔らかくて少しだけ癖になる触り心地であることを知った。 そんなことを考えていたら、無意識のうちに触りすぎていたのか、謙也が不思議そうな顔でこちらをうかがってくる。触り心地いいからつい、だなんて素直に言ったら、謙也はどんな反応をするんだろう。 「何や名前、俺と腕組みたいん?」 『え?』 「しゃあないな〜、ええで、ホラ」 いつまでも腕を離さない私に、謙也が笑いながら脇を開く。正直、その方向は全く想定していなかったけど、謙也もまんざらでもなさそうな様子。 そして、そんな謙也を見ていた侑士、溜息まじりにツッコまずにはいられなかった様子。 「何一人で盛り上がってんねん、アホ」 「アホちゃうわ!ユーシかて名前と腕組みたいんちゃうん?」 「アホも大概にせえ、名前と腕組むんは俺やで」 「はぁ〜?ちょお待て、そんなん決まってへんやろ!」 「分かった、ほなここは名前に聞いてみよか」 「せやな‥名前、どっちと腕組むんや?」 『は?』 気付いたら話がだいぶ違う方向へと転がっていて、私にはもう手がつけられないところまで行ってしまったような。ここでどっちか選んだあかつきには、雰囲気が最悪になっちゃうのは目に見えてる。そうすると、私が出すべき答えはただ一つ。 『どっちとも組みませーん』 「な、何でや名前!」 「せやかて名前、人混みやし‥ほな、せめて手ぇ繋いどこか」 「こらユーシ!ずっこいで!」 「何がやねん、名前のためやで」 「あ、そやな‥ほな俺こっち繋いだる、行くで名前!」 『え、ちょっと、二人とも〜?!』 一人で歩く、という選択肢は私にはなかったようで、気付いたら両手をそれぞれ二人に握られていた。どっちの手も温かくて、ラケットでできたまめがゴツゴツしてる。人と手を繋いだのなんて、何年振りだろう。 きっと二人は、私の安全を考えてこうしてくれているんだろうけど。でも、何だかコレ、傍から見たらまるで‥ (捕獲された宇宙人みたい‥) 人混みの中で恥ずかしくなる私の必死の制止の声も虚しく、その後も帰宅するまで二人の手が離されることはなかった。 左に謙也、右侑士 (きた!たーまやー!)(おー、立派やんなぁ)(来てよかったね) ーーー 夏の思い出、また一つ。 back |