「ほな、行ってくるわ」 「お土産楽しみにしといてやー名前」 『うん、気をつけてね』 朝早くから大きい荷物を携えた二人を、玄関先で見送る。お盆だから、と故郷に帰る用意をする二人は、口では面倒がりながらもどこか嬉しそうだった。ほんと、素直じゃないんだから。 二人が旅立って、途端に静けさを取り戻すリビング。朝食が乗っていたプレートが、目の前のローテーブルに空っぽになって3枚並んでいるのを見ると、さっきまでの朝食の風景が思い起こされるから不思議。 (さて、片付けなきゃね) 使用済みの食器を重ねて、キッチンのシンクへ運ぶ。今ではすっかり身に染み付いているこの行為も、よくもまぁここまで馴染んだものだ、と自分に感心さえする。 (そろそろ5ヶ月、か) それは、嵐のように突然やってきた二人と初めて会った日から、こうやって3人分の食器を片付けることに何にも違和感がなくなるまでの期間。ここまで長かったような、意外とあっという間のような。 それまでは一人で持て余し気味だったこの部屋も、必要以上に賑やかになった。カウンター越しに見るリビングには、そこかしこに侑士と謙也の姿が浮かんでくるようで。 (ちょっと‥寂しい、かも) 思えばこの5ヶ月、帰りが遅くなることはあっても、二人とも必ず夜にはここに帰ってきてた。いくら授業が忙しいとはいえ、今時の大学生ならオールしたり旅行に行ってもおかしくないものなのに。 二人の育ちがいいのか、うちに居心地の良さを感じてくれているのか。二人の真意は図りかねるけど、もし後者ならいいのにな、なんて。 (‥でも、) 事態は自分が思うほど楽観的なものじゃないのかもしれない、と思わされたのは、先日、侑士が眠りに就く前に言い残した言葉。 【俺‥、もうアカン、かも】 その後すぐに本人は眠ってしまったから、その言葉の真意は聞けず終い。でも、侑士が今の状況の何かにおいて限界を感じかけているということだけは、しっかりと伝わってきた。 (家?大学?それとも‥) 私が知っている侑士の環境といったら、それくらいしか思いつかないのがもどかしい。いくら一緒に暮らしていても、私には私の生活があるように、侑士にもまた侑士の生活がある。その全てを曝け出すなんて、本当の家族でも難しい、のに。 いくら考えても答えに辿り着けるわけじゃないのに、気付けば考えてしまうのは、いつも弱いところを見せない侑士の、珍しく弱気な言葉だったから。 (帰ってきたら聞いてみようかな) あの侑士のことだし、素直に答えてくれるわけないと分かっているけれど。それならそれで、私の中で納得させられるような気がする。えーい、うだうだ悩んでても仕方ない。 頭の中で一通り思い耽ったところで、ローテーブルの上の携帯に目をやると、新着メッセージの通知がきていることに気付く。 (なになに、‥?) メッセージの差出人は、侑士。まさに今、考えていただけに、やたらと心臓が煩くなる。 開いてみると、たった今撮ったのだろう写真画像が添付されていた。そこには、新幹線の中で携帯のゲームに夢中な謙也とそれを横から自分と共に写真に収めようとする侑士の姿。男の子同士で自撮りだなんて、相変わらず仲がよろしいことで。 (何だかんだ楽しそうだな、二人とも) 今朝見送ったばかりなのに、相変わらずの二人の画像を見て思わず口元が緩む。それと同時に、今二人と一緒に居ないという事実に、ちょっと寂しくもなる。 ふと、画像に添えられたメッセージに目をやると、そこに書かれた言葉に、また心臓が跳ね上がった。 【早う名前の待つ家に帰りたいわ】 絵文字も記号もない、素っ気ない文章。だけど、今、侑士から一番聞きたかった言葉。この一言だけで、さっきまでの胸のざわめきの一部がスッと消えていく。 侑士があの時、何に対して“アカン”と言ったのか、その答えはまだ分からないまま。いつか聞いたら答えてくれるといいな。 『二人とも、早く帰ってきてね』 小さな安心、小さな不安 (名前ただいまー!)(あれ?明日帰ってくる予定じゃ‥)(早う名前に会いたかってん、なぁ?ケンヤ)(おう!) −−− 当たり前にあったものが、なくなる寂しさ。 back |