ちょっと、今、自分が一体どんな状況下に置かれているのか頭が追いつかない。どうしてこうなったんだっけ。


『あの、侑士‥、おかえり』


私の目の前には、侑士がいる。今日はサークルの飲み会だった侑士は、よほど盛り上がったのか珍しく終電間近の時間に帰ってきた。

珍しいのはそれだけじゃなくて、いつもと雰囲気が違う。お酒が入っているのもあると思うけど、私の声掛けに何も反応してくれない。そして、珍しいことは更に‥


『えーと‥、ど、どいてくれる?』


侑士が、私の上にいる。何を言ってるか分からないかもしれないけど、私にもよく分かってない。帰りが遅かった侑士を玄関まで迎えにきて、気分が悪かったのかこちらに寄りかかってきた侑士を支え止めきれなかった結果、この態勢。よく頭打たなかったわ、私。

当の侑士と言えば、あからさまに動揺する私を他所に、私の顔の横に手をついて、どこか熱を帯びた視線で上からじっと見下ろしてくる。聞こえてるのかな。


「‥名前」


やっと侑士が発したのは、いつもより掠れ気味な私の名前。それと同時に、侑士の指が私の髪をといていく。一応、私のことは認識してくれているみたい。

それでもこの態勢から解放されるわけじゃなく、なんだか、こう、この心臓に悪い状態が続くのはちょっと精神的にもツラいんですけど‥!


「俺‥、もうアカン、かも」
『え、ちょ、侑士‥っ』


その一言を言い切るかどうか、そのタイミングで侑士の顔がゆっくり近付いてきて、避けることも振り切ることもできないまま、反射的にぎゅっと目を瞑る。


「‥‥‥」
『‥ゆ、侑士‥?』


次の瞬間。頬を掠めた侑士の髪と、耳元で聞こえる規則的な息遣い。私に覆い被さるように眠った侑士の心音と心なしか高めの体温が、これ以上ないくらい近くから伝わってくる。こんなに他人の体温を近くに感じたことなんて、ない。

でも、侑士ったら相当眠かったんだろうなって思ったら、途端に緊張も解けて、思わず背中に手を回してぽんぽん撫でてみた。普段見てても思ってたけど、こうしてみてもやっぱり大きい背中だなぁ。


「ただいま〜、ってユーシ?!何してん!」


流石にこの態勢のままでは居られないな、と思った絶妙なタイミングで、謙也のお帰り。謙也もサークルの用事で遅くなるとは聞いてたけど、もはやどこかから覗いてたんじゃないかってくらいの絶妙さ。

とりあえず事情を説明して、謙也に侑士を部屋まで運んでもらう。良かった、私一人だったらあのまま玄関で一晩過ごしかねなかった。流石にそれは寝違えそう。


「‥名前、ユーシのやつ何かせえへんかった?」
『え、何かって?』
「あ‥、いや、何もせんかったならええねんけど」


眠る侑士を肩に担ぎながら、突然、真剣な表情で尋ねてくる謙也。大丈夫だよ、と伝えたら、やけに安心した顔で笑った、ような気がした。

おやすみなさいとありがとうを謙也に伝えて自室に戻っても、さっき感じた侑士の体温と鼓動が、私の身体から離れてくれない。今夜は当分寝付けなさそうだから、実はそんなに大丈夫じゃないのかもしれない。











(ほれ、ユーシ何か言うことあるやろ)(名前さん、昨夜はホンマすみませんでした)(何も土下座までしなくても‥)



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見て見ぬ振りは、もう限界なのかも。


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