「あ〜‥‥」


一体全体、いつから日本は熱帯になってもうたんやろか。8月やからってこうも毎日毎日、朝っぱらから猛暑が続いたら流石の俺でもバテてまうっちゅー話。

起き抜けの身体に何とか鞭打って、涼しさ求めてリビングの扇風機のスイッチを入れたら、そりゃあもう心地ええ風が吹き抜けた。あー生き返る、ってまだ死んでへんけど。


「わ〜れ〜わ〜れ〜はァ〜‥」


扇風機の前に居ると、ついつい宇宙人ボイスを出したなるのは、日本人の悲しい性なんかもしれん。ただ、あんまり暑過ぎて覇気が出せへんのはツラいとこやけど。


「‥うわ、寒いことしてんなやケンヤ」
「涼ませたってんねん、感謝しぃや」
「アホか‥」


そんなんで涼しなったら苦労せぇへんわ、なんて減らず口叩きながら、ユーシがソファに腰掛ける。ちゃっかり俺の背後座りよって、扇風機の風のおこぼれ狙っとんのバレバレやっちゅーねん。

そういや、今日はまだ名前の姿を見てへんことに気付く。いつもやったら、俺が起きる前に朝食の準備してくれとってんけど。ユーシに聞いても、やっぱり今朝はまだ見てへんようやった。


「‥なぁユーシ、名前の奴、熱中症とかで倒れたりしてへんよな」
「まさか、流石にクーラー入れとるやろ」
「けど、こない時間まで部屋から出てけぇへんなんておかしいと思わん?」


そこまで聞いて、ようやっとユーシの表情が変わった。事の緊急性に気付くん遅いわ。

名前が部屋から出てへんっちゅーことは、それほどイレギュラーなこと。この4ヶ月ちょいの間に名前が寝坊したことなんて、片手で足りるくらいしかあらへん。それも、前日に飲み会があって帰りが遅かった時とか、何かしらの理由があった。


「昨夜って、何かあったか?」
「いや、普通に夕飯食うて風呂入って寝たと思うで」
「せやんな‥」
「‥こうなったら、強制介入するしかあらへんな」


ユーシの言葉に、思わず唾を飲み込む。名前の一大事かもしれへんし、油断はできひん。

強制介入、それは名前の部屋に入ること。普段は俺らが入ることを許されてへんその部屋は、俺らにとっちゃ聖域っちゅーか、パンドラの箱っちゅーか‥とにかくそんなん。鍵なんかはあらへんけど、名前に念を押されまくっとるから入るに入られへん、‥普段なら。


「よっしゃ‥行くで、ユーシ」
「‥ああ」


咄嗟に準備したありったけの保冷剤と冷えたスポーツドリンクを小脇に抱えて、ユーシが一つ大きく頷く。

ホンマに名前が倒れとったらどないしよう。名前のご両親に何て言うたらええんやろ、怒られるやろか。っちゅーかまだご挨拶もしてへん、あかん。‥なんて、いらんことばっか頭に過る。


「名前!!」
「大丈夫か、しっかりせぇ‥て、アレ?」


とにもかくにも、満を持して突撃した名前の部屋。肌を撫でる空気が想像と違うて、ひんやり涼しい。俺もユーシも、思わず一歩目で足を止めた。

肝心の部屋の主は、部屋の奥にあるベッドの上で肌掛け布団を抱き締めながら横たわっとった。それも想像とは全然違う、穏やかに気持ち良さそうな寝息を立てながら。


「何や、爆睡しとるやんけ‥」
「ケンヤ見てみぃ、多分コレが原因や」


気張ってた体から一気に力が抜ける感覚。腰が抜けそうになるんを何とか抑えながらユーシが指差す方を見たら、ベッドの枕元にある目覚まし時計の針がピクリとも動いてへんかった。‥電池切れか。

机の上に目をやったら、電源のついたまんまのパソコン。画面に映された書き途中の卒論らしき文章を見て、なんや全部の合点がいったような気ぃする。


「相当遅くまでやっとったみたいやな」
「せやな‥もうちょい寝かしといたろか」


俺らの心配を他所に、当の本人は眉一つ動かさんとすやすや夢の中。起きたらまた課題に追われるんやろうし、寝とる間だけでも幸せな夢見てたらええねんけど。

今、名前が起きたらきっと発狂するやろうから、後ろ髪を引かれながらも退散。けど、心配かけられてばっかりなんも癪やから、部屋を出る前に寝とる名前の柔い頬に一つ、お礼もらっといたろ。











(名前の部屋、ええ匂いしたなぁ‥)(女の子の部屋ってええよなぁ‥)



−−−

主人公の知らない、2人の葛藤。


back
- ナノ -