(うーん、どうしたろかな‥)


目の前のテニスコートで忙しなく動き回る謙也をぼんやりと眺めながら、ふと考える。いや、本来なら私は私でマネージャー業に専念せなアカンねやけど、今日ばかりはそうも言ってられへん。

けど、考えても考えても、ちぃともええ案が出てけぇへん。順調に出てくるんは溜め息ばっか。


『はぁ‥』
「名前、今幸せ一つ逃げてったで」


いつの間にか隣に居った白石が、いちいち人の言動に茶々を入れてきよる。普段なら言い返したるとこやけど、今日はそれどころちゃう。命拾いしたやん、良かったな。

流石にノーリアクションは可哀想やったから、いかにも面倒そうに感じとるっちゅう視線を投げたった。空気読めたんか、白石は肩を竦めて苦笑いを返しただけやった。


「しかし‥さっきから恋人に投げる視線にしちゃ気合い足りひんのとちゃう?」
『生憎そない視線は持ち合わせておりません』
「さよか、ほな恋人について悩んどる視線やったかな」


‥こいつはホンマ、いつから私のこと観察しとったんやろ。そこで無言になった私を見て、きっと今、白石はイライラするようなしたり顔しとるやろから、絶対そっち見てやらん。悔しい。

言うても、テニス部で唯一、謙也と同じクラスの白石は、私の悩みについて一番有力なアドバイスをくれそうな存在でもある。せやからこそ、あんま無下にもできひんのが更に悔しい。


『今日、誕生日やん?』
「ああ、クラスのみんなでも祝うたで」
『で、私プレゼント買うてへんねん』


そこで、白石の表情が固まったような気がしたんは多分気のせい。ホンマ、最近友達にもよう相談しとんのに、一向に決まらへんねん。お小遣いもあんまあらへんし。

心ん中でそない言い訳しとったら、いつの間にか元に戻った白石に肩をポンと叩かれた。気安く触らんといてや。


「ほならアレや、奥の手しかあらへん」
『はい、却下』
「コラ、人の話聞かんかい!」
『やって絶対ロクなこと考えてへんやん自分!』


断言できる、今のこいつの顔は心底面白がっとる顔。そないな奴から、まともなアドバイスがもらえるわけあらへん。ホンマ使えへんやっちゃ。

振り出しに戻ったとこで、改めて自分でどないしよか考えてたら、練習を終えた謙也が走り寄ってきた。あんだけ走っといて、あんま汗かいてへんのがすごい‥けど、表情がなんや険しいからやっぱり疲れたんやろか。


「名前!」
『お疲れさん、はい、タオル』
「あ、おおきに‥やのうて、」
『ん?どないしたん?』
「あー‥ちょお、こっち来てんか」


いつもみたいにタオルを渡そうとしたら手首ごと掴まれて、謙也がいつもと違うことに気付く。なんや歯切れも悪い。

掴まれた手首を少し強引に引かれるまんま、テニスコートを出る。しばらく歩いて、ようやっと謙也の足が止まったんは、人気の少ない校舎の裏。


『どないしてん、謙也』
「‥‥あかん」
『え?あかんて、何が‥』


掴まれとった手首がやっと解放されて、力なくぶらりと垂れる。謙也の言葉の意味がよう分からんと、聞き返しついでに謙也を見たら、さっき汗拭いてたタオルで顔を隠しとる。

いつもの謙也と違う。改めてそう思う間もなく、次の瞬間には私は謙也の腕の中に収まっとった。汗でほのかに湿った髪が、頬を掠める。


『え、ちょ、謙也‥?』
「あ〜‥ホンマあかん、堪忍やで」
『せやから、何があかんねんて』
「‥‥俺、今めっちゃ、嫉妬しとる、白石に」


ぎゅう、と更に力のこもる謙也の腕。苦しい、苦しいけどそれ以上に、普段なら何でもかんでも笑い飛ばすはずの謙也が嫉妬しとるっちゅう事実が、私の心臓をきゅう、と締め付ける。

冗談ぽさが微塵もあらへん謙也の口調のお陰で、こっちかて笑うこともできん。しゃあなしに、そのおっきな背中を、小さな子をあやすみたいにぽんぽんしたった。


『謙也、』
「‥ん、何や」
『お誕生日、おめでとう』
「あ、せやった‥おおきに」


せっかくいっこ年取ったんに、こないしょうもない姿見せてもうた、なんて謙也が苦笑いする。

一つ歳を重ねるたびに、また一つ、新しい表情。一緒にいればいるほど色んな謙也が見られるから、私としては嬉しい。そんで、これからも新しい謙也を見ていきたい、なんて。


『そんでね、謙也、プレゼントやねんけど‥』
「あ、俺、名前に欲しいモンあんねん」
『え!なになに、初耳!』
「ほんならちょお耳貸して?」
『ちょお待って、‥私にも却下する権利、あるやんな?』
「そんなモンありませーん」
『じゃあ却下で!』
「あれ?プレゼント、まだもろてへんけど?」
『‥‥!』










また一つ、大人になった君へ
(名前、おおきに!)(来年はちゃんとプレゼント用意しとこ‥)



―――

謙也くんお誕生日おめでとう!
プレゼントの内容は、ご想像にお任せ。


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