(眠り姫、みたいやな) 立派な天蓋のついた大層広いベッドの真ん中に横たわる、小さい身体。まるでお伽話にでも出てきそうなその雰囲気は、思わず見とれてまうくらい。お伽話と違うとこ言うたら、姫の目覚めを待っとる王子が3人も居るっちゅうとこか。 (敵わんな、ホンマ‥) 窓際を落ち着きなく行き来するケンヤとは対照的に、大層立派なソファの真ん中でじっと構える跡部。まさか、こないな形でまた会うことになるとは思わんかった。世の中はどんだけ狭いねん。 「主役級がパーティー抜けててええんか」 あんまり沈黙が続くんにも飽きて、自ら破ってみる。本心ではそない心配なんて欠片もしてへんけど、他に今切り込める話題が思いつかんかった。 さっきまで名前に送っとった不安そうな視線から一変、普段通りの鋭いそれに戻る跡部。‥いや、普段より苛立っとる気もする。 「うちをナメてもらっちゃ困るな」 「あんまり熱心やから、つい」 「‥からかってる場合かよ」 首元のタイを寛がせながら苦笑いを浮かべる奴は、再び名前へと視線を戻す。“幼馴染み”に向ける視線にしては、何ややたら熱が篭っとるんちゃうか。 「大事にしとるんやなぁ、」 これは、今日の跡部を見た素直な感想。パーティーのホスト側で忙しいはずやのに、跡部が片時も名前から視線を外さんかったことは途中で気付いとった。それが無意識な行動なんか、それとも‥まぁ、そんなんはどっちでもええねんけど。 酔って意識を失った名前をこの部屋まで運んだのも、他でもない跡部。必死に声をかける俺等を余所に、素早い動作で名前を抱えていきよった。 「まぁ、少なくともお前達よりは、ずっと‥な」 「せやから羨ましいねやろ?俺等が」 端正な顔が、歪む。跡部の苛立ちの原因は俺等に他ならんことも、薄々感じとった。何もかんも恵まれとるように見える跡部が、手に入れられへん存在。それが、名前なんやろう。まぁ‥まだ、俺等が手に入れたっちゅう訳やあらへんけど。 「‥何で、こうなっちまったんだかな」 丁寧にセットされた前髪をくしゃりと崩して、溜め息交じりに笑う。その理由も知った上での言葉のようにも聞こえた。今の跡部の表情は、笑い声とは裏腹にえらい苦しそうで、‥正直見てられへん。 「跡部、一つ聞いてもええか」 「‥何だ」 「“この”原因、知ってんねんよな?」 俺等かて、ただの名前のお守りでここに居るわけちゃう。跡部にとっちゃ辛いことやろうと、俺等にはそれを知る権利がある、と思う。それから、気の進まない名前を余所に、興味本位で来させてもうたっちゅう責任も。 跡部は渋々口を開いた。どうやら、跡部っちゅう存在が、名前にとって大層大きいコンプレックスらしい。日頃、弱みなんか見せへん名前の、最も弱いとこの一つを垣間見た気がして、思わず緩む口許を右手で隠した。 「そんなん妬いてまうわ、なぁ?ケンヤ」 「ホンマや、そない名前の中で大きい存在になっとるなんてなぁ」 跡部は跡部で、恐らく昔からそれを悩んどったんやろうと思う。大切な存在である名前の、コンプレックスがまさか自分やなんて、普通なら考えたないくらい。 せやけど、いくら今の距離が近い俺等でも、名前の中では跡部ほどの存在感はあらへんやろう。たった4ヶ月同居したくらいの他人と、小さい頃からの幼馴染みとじゃ、何もかもが違い過ぎる。せやからこそ、俺もケンヤも、跡部が羨ましゅうてしゃあない。変わりたいくらいや、ホンマ。 「ハッ‥好き勝手言ってくれるぜ」 口許を緩めた跡部は、さっきよりもホンの少し晴れたような顔をした。 『‥ん、‥‥』 「あっ、名前!気ぃついたか?」 『謙也‥?ここは‥』 「跡部んちやで、覚えとる?」 『あ、そっか‥私、パーティーで‥』 名前の微かな身動ぎに咄嗟に反応できるケンヤに感心しながらも、ほんの少しベッドに歩み寄る。顔色も大分ようなってて、とりあえずは一安心っちゅうとこやろか。 俺等とは違うてソファからぴくりとも動かん跡部にも、名前の声が聞こえたらしい。ようやくソファに深々と身体を沈めたんが見えた。 「‥さ、ケンヤ。俺等はパーティーに戻ろか」 「は?何言うてんユーシ、名前はまだ‥」 「さっき食いたい言うてたデザート、まだ食うてへんやろ?早うせんとなくなるで」 まだ横たわったままの名前に見えへんように、ケンヤにアイコンタクトを送る。久々に再会した友へ、俺からの細やかなプレゼント。 ケンヤも珍しく理解が早く、名前をチラチラ気に掛けながらも部屋の外へと向こうた。 「おい、忍足」 「きっちり利子付けて返すんやで」 「‥誰に言ってんだよ、アーン?」 「それでこそ跡部様、やな」 俺が部屋を出るときに微かに動いた跡部の唇は、彼奴らしくもない感謝の言葉。これで、名前の気も少しは晴れることを祈って。 本日、梅雨明け宣言 (何やこの大量のサゴシキズシは!)(お礼にも程があるやろ‥) ――― シリアス跡部編、完結‥ back |