「よう、久しぶりだな、名前」


多くの招待客で賑わう中、不意に聞こえた声に思わず肩が強張る。久しぶりにこの声を聞いたけど、年下のくせに偉そうなところは相も変わらずというところ。

ひきつりそうな顔の筋肉を無理矢理抑えて、今出来る最大限の笑顔で応じる。私だって一応大人ですから。


『お久しぶり、この度はお招きいただきありがとう』
「よく言うぜ、毎年招待状出してんのに無視してた奴が」


景吾ったら、喉奥を鳴らして笑う癖も昔から変わってない。

今日のガーデンパーティーのホストである跡部財閥、その将来を背負って立つお方がこんなところで油売ってていいのかしら。


『本意じゃないんだけど、‥ね』
「相変わらずつれねェな‥あいつらか」


ちらり、と視界の隅に入る見慣れた2人組に視線を送る。あの2人、ここぞとばかりに高級なワインやオードブルに夢中‥かと思えば美人な女性に次々に声掛けてて、抜け目がないというか流石というか。

そんな様子に思わず溜め息を漏らしたら、目の前の幼馴染みにまたもや笑われた。なんかむかつく。


「‥で、どうなんだ?あいつらとは」
『どうって‥別に普通だけど』
「お前にとっちゃ普通でも、向こうさん方は違うかも知れねェがな」
『何それ、どういう‥』


景吾の言葉の意味を図りかねて聞き返そうとしたとき、見知った顔の使用人が景吾を呼びにきた。ああもうなんてタイミングの悪い。


「ま‥せいぜい楽しんでいけよ、名前」


そんな台詞を吐いて去る景吾の背中に何も言えないまま、手に持ったシャンパンを一口煽る。

景吾は昔からそう、何でも見透かしたように上から目線で物を言う。よく遊んだ小さい頃ならまだしも、大きくなってたまにしか顔を合わさなくなってからも、その態度は変わらない。


(あんたなんかに、何が、)


近頃、私が景吾の招待を受けても応えていなかったのは、景吾のあの目に見られたくなかったから。

最近の景吾の動向は父からの話で耳にしているけど、まだ学生ながら実業家として、それは大層なご活躍ぶりで。平凡な大学生活を送るのにさえ必死な私とは、何もかもが違い過ぎる。そんな私を、景吾の目は全て見抜いてしまうだろうから、それが怖かった。


「名前ー、あっちに美味いモンぎょうさんあったから持ってきたでー!」
「ケンヤ、ちょお待ち‥名前、どないした?酔うたんか?」
『ん‥だいじょぶ、何もない‥』


しばらくして、侑士と謙也がオードブルを山盛りにしたお皿とカラフルなカクテルを手に戻ってきた。

侑士が心配そうに顔を覗き込んできて、そこで初めて自分が酔ってることに気付く。そういえば、顔が熱くて足元がふわふわする。私、こんなにお酒弱かったっけ‥シャンパン3杯しか飲んでないのに。


「名前‥ええから、ちょお座っとき」
「水もろてきた、飲んだら楽んなるで」
『だいじょぶ、ありがと‥』


意識はちゃんとあるつもりなのに、その意識と反して侑士の手に導かれるままベンチに腰掛ける体。さらに水の入ったグラスを謙也から受け取って、一口。体は意識以上に正直。


(私、情けな‥‥)


ふと、前に謙也がサークルの新歓で酔い潰れて帰ってきたときのことを思い出す。あの時は余裕かまして謙也のお世話してた自分が、今日はこんなザマなんて。

しっかりしなきゃ、頑張らなきゃ。そう思って築き上げてきた自分という姿が、こんなにも簡単に崩れてしまうのが悔しい。悔しくて、気付いたら涙が頬を伝ってた。


「え‥、名前!?何で泣いとるん!」
『‥‥ぅ、っ‥』
「‥今日はもう帰ろ、立てるか?名前」


慌てた手つきで頭を撫でる謙也の手にも、優しく目の前に差し出された侑士の手にも、反応できないまま。私の両手は、冷たい水の入ったグラスを強く握って離さない。


(帰りたい、早くこの場から離れたい、けど、)


それは誰の手も借りず、自分だけの力で成さなくちゃいけない気がしてる。そうじゃないと、また、いつものしっかりした自分に戻れない。

侑士と謙也の困った顔だって、本当は見たくないのに。2人を頼っても拒んでも迷惑かけるなんて、私ってば本当にダメなやつ。


「お前ら何してんだ、アーン?」


さっき居なくなったはずの景吾が再び姿を見せたところで、私の記憶は途切れてしまった。最後に耳に届いたのは、侑士と謙也が私の名前を呼ぶ声。











(ああ、私って何て弱いんだろう)



―――

次回、跡部編完結(予定)


back

- ナノ -