「‥何しとん、自分」


ピリ、と指先に緊張が走る。アカン、とんでもない場面を、よりによってとんでもない奴に見られてもうた。緊張しきった体は振り向くどころか、ろくに返事すら返せへんほどにカチンコチン状態。

放課後、それも授業終わってから大分経ったこの時間なら、誰にも見つからへんと思てたのに。何で自分こないなとこに居んねん!


「おい、シカトか名字コラ」
『い、いえ滅相もありません一氏様‥!』


喉を振り絞ってやっと出た声は、いつもよりも上擦ってしもた。何で敬語やねん、て冷静に突っ込まれても、今は軽くボケ返すなんてできひん。ただ今は、私が今ここに居る理由を上手く誤魔化すことしか頭にあらへんから。


「で、自分何してん、俺の可愛え小春の靴箱の前で」


いくら部活仲間やからって靴箱の位置まで正確に把握しとるとか、ホンマに一氏って小春ちゃん好きなんやなぁ。とか感心しとる場合ちゃう。この状況を回避せんと!


『あ、あんな、クラスの子から小春ちゃんにコレ渡してほしいて頼まれてん』
「コレ、て‥まさかラブレターか!許さん!」
『はぁ!?何で一氏の許可もらわなアカンの!おかしいやろ!』
「せやかてラブレターと見せかけといて実は小春の可愛さに嫉妬した奴が逆恨みしてカミソリ入れとるかもしれんやん!」


‥薄々気付いとったけど、一氏の想像力の豊かさはホンマ凄まじいモンがある。当の本人は「ああ何て罪なやっちゃ小春ぅ‥!」なんて酔いしれとるけど。

けどお陰でええ感じに話逸らせた気ぃするし、この場から抜け出すなら今。今日の作戦は失敗してまうけど、また新しい手を考えたらええ話。よし、三十六計逃げるに如かずや!


「‥ってコラ、逃がすかい」
『何でやねん!もうええやん!』
「いや良うないやろ、」


勢い良く一歩目を踏み込んだ途端に肩を掴まれて、呆気なく逃亡計画失敗。しつこい奴は馬に蹴られて気絶でもしてたらええねん。

けど、それより、肩を掴まれた勢いで振り返ったとき、目の前の一氏の顔は思てた以上に穏やかで。ぶっきらぼうやけどどこか優しい手つきで、私の手から手紙を取って小春ちゃんの靴箱に入れた。


「友達の気持ち、ちゃんと届けたらんと」
『‥さっきめっちゃ中身疑うてたんは何処のどなたさんやったっけ?』
「はて、彼処のあなた様ちゃいますかー」


何なん、ホンマ何なん。さっきまで殺意剥き出しやったくせに、いきなり優しなるなんて意味分からん。

けど、そうやって茶化しとるのは一氏なりの照れ隠しやって分かっとるんやから。ホンマ、とことん素直やないやっちゃ。


「ま、今回は名字に免じて許したる、次はあらへんからよう覚えときや」


使い古されたような捨て台詞を、よくもまあいけしゃあしゃあと言えるモンやな一氏。けど一氏のお陰で、その手紙の差出人はめっちゃ喜んでんで、おおきに。

下校時間を知らせるチャイムが校舎内に響けば、一氏は踵を踏んだスニーカーで昇降口を出る。私も急いでローファーに履き替えてそれに続いた。


『‥ま、次があるかは一氏次第やけど』
「ん?何か言うたか名字」
『いや、何でもー』


その手紙が宛てた先に届いたら、一氏はどないな顔するんやろ。夕焼けの中、前を行く広い背中を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えとった。


「はいユウくん、プレゼント!」
「小春ぅ〜おおきに!読んでもええか?」
「うふ、ユウくんきっとビックリするでぇ〜?」
「どれどれ、‥‥‥‥」
「‥どう?ビックリしたやろ?」
「え、小春、これ、」
「‥ユウくん、返事ちゃんと返したってね、名前ちゃんに」










矢先は鉛か金色か
(回りくど過ぎやろ、自分)(やって直接渡しても絶対信じてくれへんやん)



―――

突発的に初ユウジ夢。
ユウジお誕生日おめでとうを込めて!


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