「名前、機嫌ええなぁ?」


梅雨の合間の貴重な晴天は、お洗濯に限る。鼻唄混じりで洗濯物を干してたら、聞こえてたらしい侑士が面白そうに笑った。

今日は休日、だけど侑士も謙也も特に予定はないらしく、久しぶりに3人でのんびりな時間。侑士はリビングのソファで、小説を片手にコーヒーを啜ってる。


『ふふ、何か楽しいなーって』
「楽しい、て‥洗濯がか?」
『んー、何ていうか‥この雰囲気?』
「ま、最近それぞれ忙しかったからな」


分かる気ぃするわ、って侑士がまた笑う。同じように感じてくれてると思うと、何だか嬉しい。謙也も同じこと考えてたらいいのに。

勝手ににやける口許、気付いたら漏れる鼻唄、おまけにいい天気。今日は何だかいい日になりそう。


「名前ー、何や書留届いたでー」


穏やかな空気を切り裂くように、廊下から謙也の声が響く。ピンポンが鳴ったなんて全く気付かなかった。

空になった洗濯かごを片手にリビングに戻って、謙也から一通の手紙を受け取る。


「ほい、何や大層な手紙やで」
『ホントだ‥ありがと、謙也』


受け取ってみれば、真っ白い封筒に深紅のシーリングワックスの封緘。確かに御大層。

差出人の名前はないけど、こんな時代錯誤な手紙を送ってくるような人は私の知る限り一人しか思い浮かばなかった。


(そっか、この季節か‥)


中を確認する前から、さっきまで上々だった気分がみるみるうちに下がってく。思い当たる節は一つしかないから、もはや開ける気さえ起きないんだけど‥。

いつまでも封を開けない私を不思議そうに見つめる侑士と謙也に、乾いた笑いを一つ返してみる。


「手紙、開けへんの?」
『あー‥いや、うん、開けるけど』
「‥あんまええ知らせとちゃうみたいやなぁ」『ん‥まぁ、そんなとこ』


痺れを切らした謙也と、冷静な侑士。けど2人がこの手紙の中身に興味津々なことは、ひしひしと伝わってくる。だって視線がずっと手紙に釘付けなんだもの。

別に隠す必要もないし、直接見せた方が早いかもしれない。片手に抱えてた洗濯かごを足元に置いて、封を開けた。


『‥これ、なんだけど』


二つ折りにされた上質な紙に印刷された文面は、やっぱり想像した通り。毎度のことながら憂鬱になるような内容。

近くにいた謙也に紙を渡したら、足早にソファに腰掛けて侑士と2人で目を通す。その数秒の静寂を破ったのは、侑士の低い声。


「ちょお待ち‥名前、跡部と知り合いなん?」
『え‥侑士、景吾のこと知ってるの?』
「知っとるも何も、‥腐れ縁っちゅーとこやんな」


侑士がわざとらしく大袈裟に肩を竦めて笑う。謙也はまだ理解できてないようで、頭の上に疑問符を浮かべたまま。

そこで初めて、侑士が東京の中学・高校に通っていたことを知ったけど、今はそんなことはどうでもいい。きっと侑士も同じように考えてると思う。


『うちは親同士が古い知り合いなんだって』
「ああ、ほんでコレが毎年届くっちゅーわけか」
「名前、行くん?コレ」


やっと理解できてきたらしい謙也が、届いた手紙を片手に問う。

‥‥ちょっと待って、貴方は何でそんなにキラキラと楽しそうな顔してるの。謙也の向こうから感じる侑士の興味津々な視線も気になるんだけど。


『‥まさかとは思う、けど、』
「え、俺らも連れてってくれるん?」
「せやなぁ、俺も久々に跡部の顔見たいし」
『やっぱり‥‥』


4ヶ月も一緒に居ると、言葉はなくても何となく言いたいことが伝わってくる。人間関係としてはいいことなんだろうけど、今だけは分かりたくなかった。

2人の言葉に、気付けば漏れる大きな溜め息。これで私の幸せが逃げたら、2人のせいなんだからね。


「名前ー、代わりに書いといたで!」


声がする方を向いたら、謙也が手にする白い紙に勢いのいい大きな丸と3人の名前が並んでいた。それを見て、また溜め息一つ。

いい日になるはずだった今日に、突然届いた手紙――跡部財閥主催ガーデンパーティーへの招待状が、憂鬱な影を落としていった。











(大丈夫やって、俺らがエスコートしたるわ)(せやで!任しとき!)(‥余計に不安です)



―――

次回、帝王現る!(予定)


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