「名前、ユーシ、あれ見ぃ!」


久しぶりに3人揃って予定のない休日は、運良く梅雨の中休み。買い物途中に通り掛かった、駅前の百貨店の入り口にあるモノを見た瞬間、一際大きいリアクションを見せたのは謙也。‥何だか大学生らしからぬ反応だけど。


「ああ、そういやそろそろやんな」
『そうだね、‥もう7月かぁ』


謙也が指差したのは、天井に届きそうなほど大きくて立派な笹。遠目に見ても、その大きさが分かる。

笹のお陰で、もうそんな時期かと気付いてしまったのは嬉しいやら切ないやら‥何とも言えない気持ち。やばい、まだ論文に全く手をつけてないこと思い出しちゃった。


「あ、短冊書けるみたいやで」
「ええなぁ、最近書いてへんし」


時の流れの早さを痛感する私を他所に、謙也と侑士が笹の方へ歩み寄る。謙也はともかく、侑士も意外とこういうイベントが好きみたい。

笹の下にある小さいテーブルにはカラフルな短冊とペンが置いてあり、その周りには私たちと同じ目的で足を運んだ人たちがちらほら。みんなロマンチストなんだなぁ。


「ほらほら、名前、こっち空いとるで!」


テーブルの端、空いたスペースをすばやく確保した謙也の表情の、至極楽しそうなこと。その隣の侑士は物静かそうに見えて、しっかりとその手に3人分の短冊とペンを確保してるから面白い。何その役割分担。

そんな2人の様子が可笑しくて思わず吹き出したら、ご丁寧に役割分担されたツッコミを頂戴いたしました。謙也からは肩へ、侑士からは頭へ。ダブルは結構痛い。


「ユーシ、自分何お願いするん?」
「さぁな、ケンヤはどないやねん」
「そんなん決まっとるやん!これや、」


侑士から受け取った短冊は淡い桃色。何を書こうか迷っていたら、既に書き終わった謙也が自信満々に短冊を見せてくれた。


「"医師免許取得!"‥て随分先の話やな」
『謙也にしては意外と真面目なお願いだね』
「意外と、て何やねん!‥けどまぁ、これが今の俺の目標やからな」


照れるどころかむしろ誇らしげに、清々しい顔で笑う謙也。いつも明るくて賑やかな素顔の裏には、ちゃんと目標を見据えて努力してる真面目な一面もある。3つも年下なのに、そんなこと感じさせない力強さ。

そんな謙也に改めて感心してると、わざとらしく盛大な溜め息を吐いたのは侑士。


「敵わんなぁ‥先越されてもうたやん」
『ってことは‥侑士も?』
「願いっちゅうより目標やけどな、俺も」


侑士が見せてくれた短冊には、綺麗な文字で“医師免許が取れますように”と書かれてる。侑士も普段は飄々としてるのに、心の中では強い信念を持ってるんだ。

こんなにも力強く自分の目標に向かってる2人が、何だか羨ましくも感じてくる。‥私の目標って、何だったっけ。


「‥で?名前は何て書いてん」
「せやせや、俺らの見せてんから見してや」
『え、いや〜、その〜‥』


詰め寄ってくる2人に、曖昧な言葉しか返せない自分が恥ずかしい。そんな立派な目標聞いた後に言えるようなお願い事じゃないんだもん。


『あ、ほらほら早く結ばないといいところ無くなっちゃうよ』
「ああ‥せやな、ほなちゃっちゃと結ぼか!」


ふと気付けば、段々と笹の前で足を止める人が増えてきていた。‥のを口実に、何とか謙也の注意を逸らすことに成功。そんな謙也の様子を見て、侑士は呆れたように笑った。

2人が短冊の位置の高さを競い合ってる隙に、手早く自分の短冊を笹の枝に結び付ける。そんなに背伸びはせず、目線程度の高さで。私のお願い事には、それくらいがぴったり。


(みんなのお願い、叶いますように)


2人の背中の逞しさに、何故だか私が誇らしさを感じた。侑士も謙也もきっと、素敵なお医者さんになれる。

心の中でそう唱えながら笹を見上げれば、それに応えるように風にたくさんの短冊を踊らせた。











(あ、これ名前の字ちゃう?)(“卒論を無事に書き終われますように”、‥随分現実的やんな)(う、うるさい!)



―――

やっと7月入った‥!←


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