「おーい名前!帰ったでー!」


お風呂から上がってリビングで一休みしていた時の、突然の煩い声。内心、辟易しながらも玄関に向かう。そこに居たのは、侑士に抱えられながら真っ赤な顔でベロンベロンに酔ってる謙也。


「うっさいわ、ちょお黙っとき」
「お前ぇ、浪速のスピードスターに向こて何、言うてんねん‥ひっく!」
『‥侑士ご苦労様』
「あかん、こいつめっちゃ酒臭いわ」
『とりあえずソファに運んで』
「ん、分かった」
「謙也くんのおかえりやでー!」
『はぁ‥‥』


侑士が運ぶ謙也の背中を見て、思わず溜め息が漏れる。

事の発端は、私の携帯に後輩から入った一通の着信。サークルの新歓コンパに行った謙也が泥酔してしまい家の場所を説明できないので駅まで迎えにきてほしい、との内容。私じゃどうも出来なかったから侑士に迎えに行ってもらったら、この様。

侑士が謙也の体をソファに投げ下ろすのを見て、コップに水を注いだ。


「ケンヤ、お前どんだけ飲んだんや」
「えぇ?まずジョッキ駆けつけ3杯やろぉ、んで焼酎お湯割りジョッキで2杯とぉ、熱燗5合とぉ、ウォッカロック5杯とぉ〜‥」
『あーあ‥』
「まぁどうせ先輩らに飲まされたんやろ、おだてられると調子に乗る奴やさかい」
『ほら謙也、お水飲んで』
「う〜‥、あかん、気持ち悪なってきた‥」


渡したコップの水を一気に仰いで、ソファに倒れ込む謙也。先程の話を聞く限り、相当な量のアルコールを一気に摂取したのだから体が対応できなくても不思議じゃない。一応、万一の時のためにビニール袋をローテーブルの上に置いておこう。


『謙也、大丈夫?』
「ん〜‥‥」
『ここ、どこだか分かる?』
「‥、うち‥」
『‥良かった、意識はあるみたい』


やっと重なった謙也の視線は覚束ないけど気だるい熱を帯びていて、何だかちょっと色っぽい。って今はそんなこと考えてる場合じゃないのに。照れ隠しに謙也の頭を小さく撫でると、薄く開いた唇から吐息が漏れた。


「ちょお俺、ケンヤの布団ひいてくるわ」
『ああ、ありがと』


侑士が部屋に入るのを見届けてから再び視線を戻すと、上目遣いでこっちを見る謙也。何か言いたいのかと思ってソファの前にしゃがんで、謙也の顔を覗きこむ。

深い呼吸の合間に低い呟きが紛れているのに気付いて、謙也の口元に耳を寄せる。


「名前、‥」
『ん?どうしたの、謙也?』
「堪忍、なぁ‥ホンマ‥」


耳に届いたのは、吐息混じりの謝罪の言葉。ちょっと泣きそうな声色が、謙也の反省の色を一層示しているように感じる。ちゃんと謝れるのは偉い偉い。

そんな謙也の額を軽く撫でると、謙也の手が上に重ねられた。私より幾分か温かくて、骨ばっているけど今だけは弱々しいその掌が何故だか愛しい。


「嫌い、にならんといて‥?」


謙也はそう呟いて、少しだけ力のこもった指先で私にすがり付いてくるようで。謙也は酔っ払うと甘えんぼになるみたい。

第一、酔ったところ見ただけで人を嫌いになるなんてない。ましてや同居人なら尚更。謙也は何でそんなことを気にしてるんだろ。


『嫌いになんて、ならないよ』
「‥ホンマに?」
『うん、だからもう無茶しないでね?』
「おう‥約束、する」
『ふふっ、いい子』


謙也の頬を一撫ですると、少しくすぐったそうな顔をする。

謙也は素直で甘やかしたくなる。まさに年下って感じがするな。弟がいたらこんな気分なんだろうと思う。


「おいケンヤ、布団ひけたで」
「ああ‥ユーシ、‥おおきに」
「何や、珍しく素直やんなぁ?」
「たまには言わせろやアホ‥」


侑士の声でゆっくり起き上がって部屋に向かう謙也はいつもよりしおらしくて、侑士も何だか面白いみたい。だって顔に面白いって出てるもん。謙也はそれどころじゃないから気付いてないけど。
謙也を見届けると、侑士がソファに深く腰かける。目を閉じて吐いた息が深いのは余程疲れたからなんだろう。


『侑士、ありがとね』
「こちらこそ‥何ちゅうか、ホンマお騒がせ野郎で堪忍な」
『全然、侑士ももう寝たら?』
「せやな‥ほなおやすみ、名前」
『うん、おやすみ』


侑士の後ろ姿を見送って、自分も寝る準備を整える。布団に入っても離れなかったのは、弱々しい謙也の小さな呟き。











(何を、謙也は怯えていたんだろう)



―――

謙也はそろそろ主人公が好きになってると思います。てゆか、なれ^^←


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