今日は侑士と謙也の入学式。2人とも身支度に時間がかかってるらしく、朝食の用意をしてあげてるところ。まぁいつも私が作ってるからそんな変わらないけど。 フライパンに卵を3つ割り入れるのにも慣れてきてる自分が何だか面白い。世の中のお母さんってこんな気分なのかな。 「名前、おはようさん」 『あ‥、侑士おはよう』 眼鏡を掛けながらリビングに現れた侑士は勿論スーツ姿。何というか、イケメンは何でもカッコよく着こなすからスゴい。あまりのカッコよさに思わず息を飲んでしまう。 そんな私を見て侑士は小さく笑みを溢し、ソファの背もたれに上着をかける。 『‥あれ、謙也は?』 「ネクタイ締めんのに手間かけとる」 『手伝ってあげればいいのに』 「何が楽しくて男のネクタイ結んだらなアカンねん」 侑士が笑って言う。まぁ確かに男が男のネクタイを結んでいるとこ想像したらちょっとアレだけど、従兄弟なんだし別にいいんじゃないかな。助け合い精神は大事だよ、うん。 フライパンに水を入れて蓋をしめたところで、勢いよくドアの開く音が聞こえた。 「名前ー!」 『おはよう謙也、どしたの』 「ネクタイがよう結べへんねん!」 勢いよくキッチンに駆け込んでくる謙也の手には、よれよれのネクタイ。きっと何回も結んでは解いてを繰り返したんだろう。涙目で見つめてくる謙也はまるで捨てられた子犬みたい。か、可愛い‥。 『‥はいはい、貸して』 「名前聞いてや、ユーシの奴酷いんやで!お前のネクタイなんか結べるかーとか抜かしよんねん」 『謙也はネクタイつけたことないの?』 「おう、中高とも学ランやったからな!」 謙也の学ラン姿が容易に想像できて、思わず笑いが漏れる。しかも自信満々に言ってるけど自慢になってないし。でも謙也はスーツより学ランの方が似合う気がする。 『はい、出来たよ』 「おおきに、‥て何やアレやな」 『ん?なに』 「こーゆーのん新婚さんみたいやな?おはようのちゅう、してくれてもええで?名前」 『‥‥、バカ』 アホなことを言う謙也のネクタイをキツく締めると、ぐぇ!ってアヒルみたいな声が出た。でもそんな謙也に構ってる暇もなく、目玉焼きが焼けたのをお皿に載せる。少し焼きすぎたのは謙也のにしてしまえ。 『侑士できたよ、運んで』 「ありがとさん、おぉ美味そうやなぁ いただきまーす」 「名前、俺のはどれ?」 『アホ謙也の分なんてありません』 「ひっど!ちょお、名前ひどない?なぁユーシ!」 「自業自得や、お前は」 『そういうこと!さ、いただきます』 「んなアホな‥!」 とか言いつつ3つ目のお皿をテーブルに運んじゃう自分の心境は、バカな子をお世話するお母さん。まったく謙也はしょうがないわねぇ、なんて。‥なんか本当に板についちゃいそうで怖いからやめよう。 私はソファに腰掛けて、2人はラグの上に座ってテーブルを囲む。相変わらず賑やかな朝ごはんの時間。 「ごちそうさん、名前!」 「もう食うたんかお前」 「ユーシが遅いねん、そろそろ時間やで?」 「ホンマや、気付かんかった」 『後片付けはいいから2人とも出る準備してきなよ』 「おう!」 「すまんなぁ名前、おおきに」 急いで立ち上がり、上着を羽織る2人。もう髪はセットしてあるみたいだし、そんなに焦ることもなさそう。荷物を片手に玄関に向かう背中たちを追いかけてお見送り。 『2人とも気を付けてね?』 「おう、行ってくる!」 「ご馳走楽しみにしてんで、名前」 『え〜‥って侑士、ちょっと待って』 「ん?」 『曲がってる、』 ネクタイの形が歪んでいて気になったから、侑士の胸元に手を伸ばす。いきなりで侑士はビックリしたみたいだけど、すぐ前屈みになって直しやすくしてくれた。よし、綺麗に直せた。 ネクタイから視線を上げたら、すごい至近距離で侑士と目が合った。な、なんか近すぎて視点が合わない。 「おおきに名前、行ってきます」 『‥っ、‥!』 「ちょ、おま‥何してんねん」 「何て‥新婚さんのお決まりの挨拶やんか」 「ええなぁ、俺もしたかったぁー!」 「先にやったもん勝ちやな」 視界が侑士で埋まったと思ったら、唇に柔らかい感触。ちょっと侑士なに平気な顔で言ってんの。謙也もそんなリアクションしてないでこの男止めて! 『は‥っ、早く行きなさい2人とも!』 「顔真っ赤で言うても怖ないでー、名前」 「ホンマやな、ほな行こかケンヤ」 「せやな、行ってきまーす」 ニヤニヤ笑いながら玄関を出ていく悪魔たちに、私は無力すぎて為す術がない。いつの間にアイツらはこんなに慣れきってしまったんだろう。 今日、彼らは大学生になる。 案ずるのは、我が身 (明日は俺がちゅうしたる!)(名前の唇は渡さへんで) ――― ただのキス魔達。← back |