『忍足くん、』 「あ、おう何や名字さん」 『今日うちら日直やから』 「おん、分かった」 日誌を手に言う隣の席の女子は名字さん。席替えしたんは随分と前。せやけど必要最低限の会話しかしたことあらへん。 や、別に名字さんが嫌いとか苦手っちゅうわけやのうて、むしろ名字さんが俺のこと苦手なんちゃうかなと思う。俺が話しかけよ思たらどっか行ってまうし、授業中は話しかけんなっちゅうオーラみたいなん出とるし。俺、名字さんに何かしてもうたんやろか。 「‥なぁ、」 『‥‥‥』 「ちょ、ちょお待ち名字さん!」 『‥っな、何や‥?』 ほれ見ぃ、今も俺が声出した途端に名字さん席を立ちよった。せやから反射的に名字さんの腕を掴んでもうた。反射神経なら部活で鍛えとるから自信あんねんで。 意外なんは名字さんの反応。もっと嫌がられるんかと思たら全然。顔真っ赤にして名字さんのおっきい瞳が揺れとる。あれ、嫌われとるっちゅーのは勘違いやったんかな。 「俺、何か悪いことしてもうた?」 『え、何で‥?』 「せやかて名字さん、俺のこと避けとるやん」 『さっ、避けとるなんてそんな!』 「ちゃうの?今かて逃げたし‥」 『ちゃうねん!うちはただ、』 「‥ただ?」 『っ、‥‥!』 名字さんは真っ赤なまんま俯いて黙ってしもた。そない顔しとんの初めて見たから俺もどないしたらええんかよう分からん。 ちゅうか嫌われてなかったんやな俺。なんや安心したわ。人に嫌われとるなんてええ気せぇへんからな。 『あ‥、あんな、忍足くん』 「なんや?名字さん」 『名前で呼んでも、‥ええかな?』 名字さんの言葉はえらい小さかったけど、俺の耳にはめっちゃ響いた。えらい澄んだ声しとるんやな、今気付いた。 なんや名字さん、俺の名前呼びたかったんか。せやったら早よ言うてくれたら良かったんに。大体クラスで忍足くんなんて呼んどるん、自分くらいしか居らへんわ。 「そんなん全然構へんで」 『ほ、ホンマに!?』 ようやっと合った名字さんの目はキラキラしとって綺麗やった。わざわざ許可なんか取らんでも好きに呼んでくれたらええのに。しっかりした子なんやな、名字さんは。 「おん、やったら俺も名字さんのこと名前で呼んでもええ?」 『ええっ、あ、うん‥』 「えーと、‥名前?」 『っ、うん、おおきに謙也くん!』 「ぷ、呼び捨てでええのに」 『それはアカン、うちの心臓もたれへん!』 ん?何や今のセリフ引っ掛かるな。顔を左右にめっちゃ振っとった名前も、何か気付いたみたいに目ぇパチクリさせとる。 ‥ちょお待て、冷静に考えてみぃ俺。今までの会話や反応を見る限り、名前は俺のこと嫌いっちゅうわけやなさそうや。むしろ向こうから俺の名前呼んでくれて、せやけど呼び捨ては心臓もたんからアカン言うて‥。今の反応からしても、これって俺の勘違いちゃうよな? 「‥名前、」 『あ‥っつ、次!移動やで謙也くん、急がな!』 「え!マジか!」 『さ‥先、行っとるから‥!』 「あ、お、おん‥」 上手いこと逃げられてしもたけど何なんや、俺の心臓めっちゃドクンドクン言うてる。ま、席は隣やし後で改めて聞いてみよか。 君に、近づいた (俺、誤解してまうで?)(多分ソレ誤解ちゃう、と思う‥) ――― 忍足くんと呼びたかっただけ^^ back |