あの日から、忍足先輩推しである男子テニス部のクラスメイトの熱心な布教活動のおかげで、この学校独自とも言える男子テニス部の内情についてだいぶ詳しくなった。

まず、正レギュラーとは、200人を超える部員の中で7人しかなれないトップ中のトップであり、関東大会からしか試合に出ないらしい。男子テニス部では、その強さこそが序列となり、熾烈なレギュラー争奪戦が行われている。また、正レギュラーともなると平部員や準レギュラーとは別の部室が用意されており、専用のロッカーや備品が使い放題だとか。

そして、そんな格別な待遇の正レギュラー陣には、それぞれにファンクラブが設立されている。件のクラスメイトはもちろん忍足先輩のに、と思いきや、部員はファンクラブには所属できない決まりになっているとのことだった。確かに、ただでさえ蹴落とし合いの実力主義の中、部内で派閥争いが起きたらもはやテニスどころではなくなってしまうだろうので、ある程度の線引きは必要なのかもしれない。ファンクラブは、校内の有志で結成されており、部長の跡部先輩ともなるとその会員数は部員数を上回るほどになるらしい。うちの学校、全部で何人いたっけ。


「名前、忍足先輩のファンクラブ入んの?」
『いや、まだそこまでは‥』
「今なら入会金無料らしいぜ」
『え、普段お金取るの!?』


そもそもファンクラブとは何をするのかといえば、関東大会以降の公式戦に推しの垂れ幕を持って応援しに行くことが最も大きな仕事らしい。じゃあ公式戦がなければ仕事はないのかと思えばそうでもなく、ファンクラブ会員内で推しの近況を共有するために広報誌が作られたり、推しの誕生日を盛大に祝ったり、まぁとにかく活動が盛んなのだそうだ。校内でそんな活動が行われているなんて、クラスメイトに聞くまでまるで知らなかった。

いつからか、クラスメイトからは忍足先輩のファンクラブの最新情報が逐一入ってくるようになった。どうやら、ファンクラブに入れなくても推しの情報は押さえておきたいようで、忍足先輩のファンクラブを運営している先輩に取り入っては情報を得ているらしい。いつか彼が推しのストーカーにならないか密かに心配しているのは、ここだけの話。


「おい名前、ビッグニュース!」
『何?忍足先輩が正レギュラー落ちた?』
「お前、縁起でもないこと言うなよ‥そうじゃなくて!」
『だったら何なの、勿体ぶって』
「今、ファンクラブの運営役員募集中らしい!」


クラスメイトが興奮気味に話しかけてきたところを見るに、その情報がとても貴重で珍しいことであることは理解できた。よくよく聞けば、これまで忍足先輩ファンクラブの運営役員と呼ばれる執行部の先輩の一人が転校することになり、その空席を埋める人を探していると言うことらしい。まぁ、忍足先輩のファンクラブも結構な数の会員がいて層は厚いらしいし、応援する気持ちが大きい人がたくさんいるだろうから、すぐに後任も決まると思うけれど。


「それで、運営役員は他薦で決めるらしいんだけど‥」
『みんなやりたいから決まらない、と?』
「そう、それで先輩が困ってるみたいだったからさ、」
『あ、もしかして自分で立候補したとか?』
「いや、名前推しといた」
『はあ‥‥って、えぇ!?』


だって俺はできないし、と至極残念そうな顔を見せるクラスメイト。それにしても、話の展開が急すぎて理解が追いつかない。私だってそもそもまだ会員にもなってない一生徒であって、急に運営役員に推薦されたところで他の会員以上に資格がないはずなのだけれど。そんな疑問が顔にも出ていたのか、クラスメイトは自信満々に親指を立てて見せた。


「大丈夫、お前の名前で会員登録しといたから!」
『うわ、勝手に人の名前使うとか信じられないんだけど』
「だって先輩困ってたからさ〜‥名前のこと話したら、先輩が推薦するって言ってたし」
『‥ま、まぁ、まだ役員って決まったわけじゃないしね‥』
「先輩が推薦すればほぼ確だから、早速今日の放課後に3年H組の教室来て、だってよ」


到底理解が追いつかなくなると、人間は思考することを諦めてしまうと言うことを、今、身をもって体感していた。ついこの間まで、ファンクラブどころか忍足先輩のことすら認識できていなかった私が、突然そのファンクラブに入って運営を担うことになっているだなんて、誰が想像できたのだろうか。ここまでくると、最初からクラスメイトが仕掛けた罠だったのではないかと疑ってしまうくらい。ある意味、これが深い深い沼の入り口だったことには、勿論気付く余地はなかった。










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