我が氷帝学園中等部には、花形とも言える部活動がある。その名も、男子テニス部。200人を優に超える校内屈指の部員数を誇り、正レギュラーと呼ばれる数少ない代表の椅子を、仲間同士で日々奪い合っているらしい。

正レギュラーの座に君臨する部員は、平部員から見たらそれはもう雲の上のスターのような存在だと、同じクラスの男子テニス部員が私の目の前でうっとりと語っている。同性から見ても、憧れで尊敬できる存在だと言うことなのだろう。


「正レギュラーでも特に、忍足先輩とかすげーんだぜ」
『え?跡部先輩じゃなくて?』
「分かってねーな、忍足先輩は千の技を持つ天才だってあの跡部先輩も認めてるんだぞ」
『はぁ‥‥』


おい話聞いてるか、と私を置いて盛り上がるクラスメイトを、私は一体どんな顔で眺めればいいのだろう。男子テニス部の跡部部長といえば、生徒会長も務めるほどのリーダーシップもさることながら、全国区においてもトップレベルの選手だと聞く。その跡部先輩を差し置いて、クラスメイトの一押しは忍足先輩だそうだ。

忍足先輩。確かに、友達との何気ない会話でも時折出てくることのある名前。珍しい名字でもあるから、このクラスメイトの言う忍足先輩と同じ人物なのだろうと思う。でも、名前を聞いたところで、そのビジュアルがすぐに思い出せるかと言ったら、また別の話なわけで。


「はぁ?お前、忍足先輩知らねーの?」
『え?‥いやホラ、雲の上のスターだし」
「スターなんだから知っとけよ‥‥あ、噂をすれば」


クラスメイトが細やかに指を差した窓の外に、視線を移す。昇降口から出てきた上級生たちがぞろぞろと校庭に向かっていくのが見えたけれど、どれがその忍足先輩とやらなのかは皆目見当がつかない。お揃いの体操服を着ているし、ましてやラケットを持っているわけでもない。

眼鏡かけてて、背が高くて、髪が長め。そこまでの特徴を聞いて初めて、忍足先輩と思われる後ろ姿を捉えることができた。見たことのあるような気がするのは、おそらく何かの大会で優秀な成績を収めたとかで、全校生徒の前で紹介されていたからだろう。それがいつだったかは全く記憶にないけれど。


『テニス上手なんだね、あの先輩』
「上手っつーか、もう神業だよアレは」


一回でいいから打ち合ってもらいたい、と羨望の眼差しを遠くの忍足先輩に送るクラスメイトは、もはや恋する乙女のそれに近いものを感じる。それほどまでに憧れられる存在が身近にいることに、むしろ羨ましさを感じてしまうくらいだ。毎日、部活で先輩の姿を見れるだけで幸せだと思うんだろうな、きっと。

一人で色めきだつクラスメイトを他所に、校庭へ向かう忍足先輩の背中をぼんやりと眺める。後ろ姿とはいえ、一見テニスが強そうな感じには見えない、などと思ったことを口にしたら、クラスメイトを恋する乙女から鬼に変化させてしまうだろうので、胸に秘めておくことにする。


(‥‥あ、)


もうすぐ、次の授業が始まるチャイムが鳴る時間。クラスメイトが急いで引き出しから教科書とノートを準備し始めた頃。校庭に向かっていたはずの忍足先輩の足が止まって、突然後ろを振り返ったのを、私は見逃さなかった。

丸い眼鏡、切長な瞳、少し煩わしそうな長髪。初めて捉えたその姿が、まるで写真として切り取ったように、瞳の奥に焼き付いて離れない。私が見ていることなど知らないはずの忍足先輩は、その口元に小さく笑みを浮かべて、再び校庭へと歩き出した。


『‥ヤバい、カッコいい、かも』
「おっ、名前も忍足先輩の格好良さに気付いたか!」


これは、初めて姿形を認識した雲の上のスターな男の子に、にわかな一ファンの女の子が近付いていくお話。










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