「名前、俺、推薦決まった」
『え、ホンマに、おめでとう!』


受験生の特権、自由登校日の帰り道。反射的に出た私の言葉に、おおきに、とはにかむ謙也。テニス部であんだけ頑張っとった謙也やからその結果は当然で、その報告を聞けただけで、私も自分のことみたいに嬉しゅうなる。

謙也が行きたい言うてた高校は、テニス部が強いっちゅう外部の高校。何なら頭もええとこやけど、謙也やったら勉強も部活も大丈夫なんやろな。白石も同じとこやって、と嬉しそうに話してくれた。


『ええなぁ、もう決まって』
「名前ももうすぐやんな、試験」
『うん、来週の水曜日』


カレンダーなんて今更見んでも、日にちはすっかり頭ん中に叩き込まれとる。いくら中高一貫校とは言うても進学のための試験はあるし、何ならそれで高校のクラス分けが決まるらしいから気が抜けへん。ここんとこは過去問と睨めっこの毎日。


『春からは学校別々なんやね、何や不思議』
「せやなぁ‥けどまぁ、そない変わらへんやろ」
『まぁね、そうなんやけど』


私が進む道と、謙也の進む道は別々になった。せやけど謙也の言うとおり、学校自体は最寄り駅も同じやから、今ほどとはいかへんけど会おう思えば多分すぐ会える。何なら、携帯でのやりとりかて今までどおりにできる。

そんで、きっと謙也のことやから、今までと変わらんように気にかけてくれる。いらちな性格やから大雑把そうに見られるけど、実際はマメに電話やメッセージをくれるし、こっちからの電話とかにもすぐに反応してくれる。無理にそないしとるわけやのうて、ただ謙也自身がそない質な人。謙也の"何も変わらへん"っちゅう言葉の説得力は、私が一番分かっとる。


「何かあったらすぐ言うんやで、名前」
『そしたら謙也が助けに来てくれるん?』
「当たり前や、音速で駆けつけたるで」
『ふふ、おおきに。頼もしいわ、謙也は』


せやろ、と鼻高々な謙也。私は内部進学組やから環境も友達もほぼ変わらんし、あんまり心配はしてへんねんけど。そない言うたら、謙也の方が未知の世界に飛び込んでいくくせに、本人が全く不安に感じたり心配したりしてへんからスゴい。それだけ、自分には出来るっちゅう自信があるんやろうと思う。

せやけど、せやからこそ、私は謙也の方が心配になる。周りのことばっか気にして、自分のことは後回しで。そないなとこも謙也のええとこやけど、たまにはどこかに、私に寄り掛かってほしい、なんて。


『謙也も、何かあったらすぐ言うてね』
「ん?ああ、大丈夫やって!」
『話くらいは聞けるし、‥私、謙也の彼女なんやから少しは頼ってほしい、し』


あんま言い慣れへんことやから、ちゃんと伝わっとるか気になるし、全部伝えきれなくてもどかしい。けど、謙也に何かあったときには、頭の隅っこにでも私を思い出してくれたらいい。私にできることはあらへんかもしれへんけど、それでも。

謙也の方を見たら、何も言わんと私の顔をじーっと見たまんま。あれ、ちゃんと人の話聞いとったんかな?結構大事なこと言うてんけど。


「名前、」
『どないしたん、謙‥っ、わ!』
「おおきに‥実はちょお不安、やったりして」


不意に繋いどった手を引かれて、気付いたら謙也の腕の中。耳許に届いたのは、少しだけ掠れた声の謙也の本心。普段は自信家な謙也の、心の奥底を少し私に預けてくれたような気がして、堪らなく嬉しゅうなる。

謙也の不安がなくなるように、その大きな背中をぽんぽんと撫でたら、私を包む腕の力が少し強くなる。謙也との距離がなくなって、お互いの心が溶けて一緒になったみたいな感覚。


「学校離れても俺のそばに居ってな、名前」
『もちろん、謙也もやで』
「当然や、っちゅーか俺が離さへんし」










夕暮れモラトリアム
(ちなみに何が不安なん?)(俺持ちネタあらへんし‥)(‥多分それ必要あらへんで)



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受験生、ファイト!(時期は不問)


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