寒い。すっごく寒い。何だってこんな寒いの。今年は暖冬とか言ってたのは何だったんだか。


「おい仕事サボってんじゃねぇぞ名字」
『あーはいはいタオルどうぞ跡部様』
「テメェいい度胸じゃねぇか‥」


マネージャーの仕事といえば活動記録つけたりとか部内戦のスコアつけたりとかそんなんだけど、こんな寒い日に指が動くわけもなく。仕方なく、さっきそこの自販機で買ったココアをカイロ代わりにベンチに座ってたら跡部に怒られた。あ、なんか跡部のこめかみに青筋が立ってる気がする。


『‥さぁて仕事しよっかな仕事』
「今更遅ぇんだよ、テメェは球拾いでもしとけ」
『え!寒い非道い鬼畜!跡部の鬼!』
「恨むんなら3分前の自分を恨むんだな」


高らかに笑いながらコートに消えていく跡部。悔しいからその背中にあっかんべーしてやった。アイツはもっと紳士的な対応はできないわけ?風邪引くから部室入っとけとか言ってくれてもいいと思うんだけど!

‥とか思いながらも、寒くてもみんなが練習頑張ってる中でサボってた私も悪い。だから大人しく、コートの隅っこで練習の邪魔にならないようにボールを拾うことにした。


『どっこいしょ、っと‥』
「なんや年寄り臭い声聞こえたで今」


カゴいっぱいになったボールを持ち上げたら、試合形式の練習を終えた忍足と目が合った。カゴを持ってくれるのはいいけど、「おばあちゃんは大事にせななぁ」とか一言余計なのがイラつく。お前に言われたくない。

横に並ぶ忍足を見上げたら、こんなに寒いのに首筋に無数の汗が流れてる。そりゃ1ゲームすれば汗もかくだろうけど、私が言いたいのはそんなことじゃなくて。


『忍足、タオルは?』
「ん?‥ああ、向こうに置いてきてん」


そう言って忍足が指差したのは反対側のベンチ。ここから歩いて戻るまでには汗が冷え切ってしまうくらいの距離がある。

私の質問の意図が分かったのか、忍足は目を細めてにっこり笑った。時々そうやって綺麗な顔して笑うから、心臓がおかしくなる。


「名前がタオル貸してくれるんやろ?おおきに」
『だ、だだだ誰が!』
「ええやんか、どうせ汗かいとらんやろ」


私の首に巻いてたタオルがするりと抜かれると、北風が首を撫でていく。目の前には私のタオルで汗を拭く忍足。本来なら怒ってもいいはずのところなんだけど、私のタオルを忍足が使ってると思ったら何だか恥ずかしい。消しゴムとかなら全然普通に貸し借りするのに何でだろう。

1人で色々考えてたら、忍足の動きが急に止まった。タオルを凝視してるけど何か問題でも?

と思った次の瞬間、忍足の顔が近付いてきて至近距離で止まった。ちょ、近い近い近い!もう少しでキスできるくらい近い。何なのこの生殺し。


『おおお、忍足‥!?』
「や、このタオルめっちゃええ匂いやねん」
『にお、い‥?』
「コレ名前の匂いなんやな」


つまり今のドアップは私の匂いを確認していたわけで。今日が寒い日で良かった、本当に。暖かかったら汗臭くてたまんなかったと思う。

そういや忍足は汗だくなのに臭くなかった。むしろ仄かにいい香り、って私は変態か。


「どないしたん名前、顔真っ赤やで?」
『そ、そんなことない大丈夫!』
「もしかして‥、キスするかと思うた?」
『ばっバカじゃないの!思ってないし!』
「ははは、名前さらに真っ赤っかや」


ああまたそんな笑顔見せて、ほんと反則。忍足っていつからそんな微笑みの貴公子になったんだっけ。思い出せないけど、この真っ赤になった顔はどうにもできないのがただただ悔しい。










DNAの確信
(人間はええ匂いって思う人を好きになるらしいで)(えええ、いやまさかそんな!)



―――

跡部様出オチですみません‥


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